時間と世界がある限り

豊多磨イナリ

邂逅

春眠暁を覚えずだとかいう言葉があるようにどうも4月とかの時期は布団から出られるまでに時間がかかる。どうも睡魔という妖怪だかが俺の上にずっと陣取ってどかないらしく、俺はその妖怪に反発するつもりもなく、かつ平和主義なのもあってその力に屈服しぬくぬくと暖かい布団に籠もって覚醒と睡眠の境界線を蛇行して行ったり来たりしていた。

「ちょっと、いつまで寝てるの!?」

母の声だ。今日くらい良いだろ。別に授業があるわけでもないし。いや、正確には学校はあるんだが、入学式なのにそんなに早く行ったところで面白くもなんともない。

「もう、早くしないとお母さん先行っちゃうわよ」

息子の入学式に母だけ行って子供がいかないとは滑稽極まりないな。面白いからそれで良いだろ。

ドン!

「いつまで寝てるんだよこのアホ!」

とうとう俺の領土に入ってきやがった。不法侵入で訴えようとも思ったがそんな気力もない。

「はいはい、起きた起きた」

母に無理やり起こされ、気付いたら朝飯を食べていた。今日は食パンに目玉焼き、それにベーコンとキャベツか、いつもどおりだな。

今思えばこんな当たり前を噛みしめておけばよかったとも思う。あとになってから考えても仕方ないがな。やはり、当たり前という程気づきにくい幸福というものはないらしいな。

そんなこんなで、家を出発し、俺の進学した高校―北台高校―へと向かった。まさか、俺の人生を、いや世界をも変える邂逅があるとも知らずに。


長ったらしく面白くも、何の学びもない校長やら理事長やらの挨拶が終わり、無事入学式も終了し、俺は教室へと向かう。

えっと、俺は6組だったかな。

6組へ入るとすでにそこには多くの生徒がいた。おれと同じ中学からこの高校に入学したやつはおらず、どの輪にも入れず俺は真っ直ぐ自分の席へと向かうと真新しい制服にゴミがついてないか見たり、鞄の中を探すふりをしたりして時間を潰していた。

「ねぇねぇ」

後ろから背中を突かれた。何だ…というか誰だ?

「え…と……あの、同じ中学の子がいないと…なん…か、えと…寂しいよね…」

この女子こそが白岡みよ、俺の人生を狂わせる人間だ。しかしそれはもう少し先の話だな。この頃にそんなことが分かっていたら、すぐに逃げていただろうな。

「ごめ…んね」

彼女はそういうとすぐに黙って下に目を向ける。何が目的なんだ。

再び俺は周りの談笑に耳を傾けたり傾けなかったりしながら鞄の中をまさぐるふりをし続けた。

そんな無意味な時間が10分、いやもっと短かっただろうか、何せ体感時間はしばしば実際の時間と乖離するからな、とにかくいくらか時間が経って担任と思しき人が入ってきた。

「はい、それでは皆さん席についてください」

彼の名前を沖田先生と言ったか。

「それでは皆さんには自己紹介をそれぞれしてもらいます」

面倒くさい。

「出席番号1番の方からお願いします」

そこから聞いても何の有益な情報も得られない一般高校生の自己紹介を無理やり聞かされたのは覚えている。こんなの聞かなくったってコミュ障には友達は出来づらいし、陽キャには友達が沢山出来るんだろうな…

さて、自分の自己紹介の時はなにを述べたかな。名前と出身中学と趣味と…そんなもんか。

そこから数人の自己紹介を経たあと白岡の自己紹介の番が回ってきた。

「白岡みよ…です…えっと…あのぅ……数学は…偉大なのです…はい」



なるほど、数学が好きなのか。でも、見た感じ数学ヲタクではなさそうだし、単に得意なだけかな。俺との会話もさっきのが生涯最後かもしれん。話しかけてくれてありがとさん…白岡みよ。


その後自己紹介は特に何の面白味も無く無事終了し、その後担任沖田のこれまた何の面白味もない話、そして何だかよく分からんプリントを大量に配られてその日は終了した。


さて、部活は何に入ろうかな…

そんなことを悩んでいるときに、この日唯一の有益な情報を得た。

「何か数学研究会とかいう変な同好会あるらしいよ」

「何それ草なんだけど」

なるほど、そこに入部するか。


この選択が後の俺の人生を大きく狂わすことになるのだが、それはもう少し先のお話だ。

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