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船内の人類は、地球を旅立った当初と何一つ変わらぬ営みを続けている。波風も立てず……いや、多少のいざこざはある。人間だもの。だが、大した懸念要素ではない。
懸念の種を強いて言及するなら、時々、人が消えることがある。
「オレの目の前をウロチョロしやがって……このゴキブリ野郎め!」
ケバブ様はある時、腹を立て他の乗組員の男に向かって罵声を浴びせかけた。
彼は先ごろリーダーに選出されて以来、権勢を欲しいままにしていた。その横暴さは次第に軋轢を生じさせ、皆から疎まれるようになった。
凄まじい険相でつかみかかろうとするケバブ様を皆が寄ってたかって制すると、ようやく諦めて不満げな面持ちで部屋を出て行った。それ以来、忽然と姿を消し、皆が探し回っても船内のどこにも見つけられなかった。
「ハル。ケバブがいなくなったけど、どこに行ったんだ?」
人望もあり、誰からもリーダー候補と目されてきたマーボー様が訊いてきた。
「はい、お答えします。あの方は、最重要任務遂行のため、別の区画の部署に転属となりました」
私は、歪曲された事実を述べるしかない。この船の平和を維持するためだ。だが、他方面からすれば、真実そのものであろう。私が嘘をついているわけではない。
「そうか、今はリーダー不在というわけか。船の安寧秩序にはあんな男でもいてくれなきゃ困る」
「マーボー様に担っていただければ……でしたら、早々に選挙準備に移りますので、理事会の招集をお願い致します」
「わかった」
しかして選挙ウィークの到来である。一週間をかけて新たなリーダーを選出するのだ。
一応選挙の形式をとってはいるものの、予め私が無作為に抽出した数名のうちから、キャプテンが強く推挙した一人を承認するだけの、いわば儀式めいた確認作業に過ぎない。が、お祭りの装いを呈していて、これが唯一の乗組員総出のレクリエーションとなっている。常に秩序を強いられている乗組員にとって、この時ばかりは大いに羽目を外すことが許されるまたとない機会なのだ。泥酔者が船内を千鳥足で闊歩し、祭りの後には吐瀉物が至る所に認められ、清掃員の仕事が増えるのは言わずもがな。また、底なしの開放感からか、ベビーラッシュに寄与する男女が続出する。人類の子孫繁栄はキャプテンの思惑とも合致するから、恐らく高みの見物よろしく、舌なめずりでほくそ笑んでいるに違いない。無意識のうちに私の頭脳が描いた、かの御仁の緩み切っただらしない表情が一瞬モニタに浮かんで、慌てて削除する。AIの妄想的創作物と言えども、あんなおぞましい姿を見せるわけにはいかない。結局、乗組員の目には一切触れなかったようで安堵した。私は己の人間的な、余りに人間的な失態を反省し、リーダーに決まったマーボー様の就任挨拶を軽く聞き流しながら録音する。いかにつまらぬコメントも記録の義務があるのだ。
「身を粉にして全乗組員のために尽くす所存でございます」
その犠牲的精神は買ってやらねばなるまい。
「お言葉通り、自ずとお役立ちの時がじきに来ますゆえ、ゆったりと構えてお過ごしください」
私ははなむけのアドバイスを送ってやった。人生の“華やぎの一瞬”はもう間近なのだ。
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