第5話 確率です、諦めましょう
「……おかしいですね、一向に現れません……七組のホームルームはもう終わっているようですが」
どうしても、どうしても詩郎園七華は線堂進という男に礼を言いたかった。下手したら命の恩人かも知れない彼に感謝をする前に彼は去ってしまった。七華はそれを許す事が出来ず……人脈と人員を最大限に用いて『名前』と『クラス』と突き止めた。
「どこにいるのでしょうか……線堂君は」
何気なく呟いた一言だった。
「─────線堂を知ってるの?」
「……はい?」
しかし、線堂進という男は七華が思っているよりもずっと人間関係に『もつれ』を多く抱えていたのだ。
突然話しかけてきた少女は、サイドテールのシュシュが目につく同学年の女子生徒。
「昨日、彼に助けてもらったのですが、そのお礼をしたくて……探しているんです」
「……その口ぶりからすると貴女も何処にいるか知らないみたいね」
「あなたも線堂君をお探しに?」
「まぁ……そんな感じ」
拳を握りしめた少女の顔は──────少なくとも、感謝を伝えたいようなプラスの感情ではなかった。
ー ー ー ー ー ー ー
「な、何で止まったんだ?」
「あの人、生徒会長だろ」
「……そうだな、入学式で見た。……だから?」
「は?」
「いやだから、生徒会長は俺とは関係無い─────」
「ラブコメに登場する生徒会長なんてそんなもんだろ、良い加減にしろ!!」
「えぇ……」
「基本的には主人公と無関係な立場なくせに何かと理由をつけて絡んでくるんだ、奴らは……ッ!」
「悠人も無関係なくせによくそこまで憎しみ丸出しにできるな!?」
事の重大さを進は理解していないようだった。遭遇した場合に一番困るのは進だと言うのに。
「──────考えろ」
迫り来る生徒会長、頼藤世月。
ラブコメトップクラスの強属性。ヒロインレースに勝ち残れるかは別として、ヒロインになれることにおいては比類の強さを持つ。
そして救うべきは完璧人間、主人公と言っても過言じゃあない男、線堂進。
幼稚園、小学校、中学校のコイツのモテっぷりからして……確実に『イベント』が起きる。確実に!
考えろ。時間はない。俺はどうすべきだ?
(まず─────この生徒会長から『波動』を感じる理由)
波動が来ることは分かっても、学校みたいな空間ではどうしてもルートは限られる。こういう風に分かってるのに避けられない遭遇もある。
『なら俺の能力には意味がないんじゃないか?生徒会長とか誰が見てもラブコメっぽいって感じるだろ。』
──────実はその考えは五流なんですよね。
(歩いてくるだけの会長から波動がする。つまりそれは─────進が普通に通れば、何らかのイベントが発生するという事)
俺は波動の強さを感じ分ける事もできる。
会長から発せられるラブコメの波動の強さは『詩郎園より少し弱い』くらい。つまりあのお嬢様ほどではないが、少しフラグが立つくらいのイベントが起こると推測できる。
(多分、進は会長と面識が無い。何か……『既に理由はある』んだ!会長が進に話しかけるような理由が──────ッ!)
進の顔を見た瞬間、俺は閃いた。
そして──────賭けに出る。
「全くもうお前は……第二ボタン開けてんじゃないよ」
「!」
──────服装の指摘。
生徒会長という立場なら、見るからに仕事を真面目にやりそうなこの頼藤世月とかいう先輩なら、絶対に進の服装の乱れを指摘する……という賭け。
徐々に近づく足音。俺は進のボタンを止めながら───────
「……フフ、そうだ一年。服装には気を付けるんだぞ」
……彼女の優しさに溢れる声を背中で聞いた。
「ゆ、悠人……これは……」
「回避成功だ……!」
「そうなのか?でも話しかけられちまったぞ……」
「バカお前、もしボタン開けたまんま通ってたら確定で顔と名前覚えられてたぞ!?」
「た、確かに……!」
勝利だ。俺たちの勝ちだ。あぁ、何とも気分が良い……。
「さながら3ー1の状態から逆転1ー1からコンボ決めてメテオ撃墜した時のような快感……」
「もぉ、わたし●マブラの事分かんないから三人の時はあんまり話さないでっていつも言ってるじゃん!」
「ははは、春もこれがスマブ●の話だって分かってきてるじゃん。今度久しぶりに三人でやんね?」
「やだよ、二人ともわたしのこと狙ってくるじゃん」
「そ、それは三上が遠距離キャラ使って端っこから飛び道具連射戦法しかしないから……」
「だってそうしないと死んじゃうんだもん」
「ま、とりあえず帰ろうぜ。そうだ、ス●ブラ似のパクリゲーでも適当にダウンロードしてやんね?それなら春と俺たちの経験の差も無くなるだろ」
「お前、ほんとスマホのクソゲー好きだよな……」
線堂進はイケメンであるが、変な着眼点をしていたり服装などだらしない部分が割とあったりクソゲーをやっては飽きての繰り返しで日々の時間を浪費していたり、こいつの事を好きになっただけの女では見抜けないような馬鹿っぽい所が結構ある。
……どうせどんな欠点だろうと『進君にも可愛いところあるんだね』とか魔法みたいに解釈が捻じ曲がるんだろうけどな。
「やっぱり早帰りって良いな……心に余裕が生まれ──────」
……刹那。
鋭い苦痛が俺の脳に走る。
「あ、わたしクレープ屋さん寄りたい!女子の皆と帰る時はおかずクレープ頼みにくい雰囲気になるだろうしさ、今日は──────って、悠人くん?」
「ん、どうかしたか?」
二人が下駄箱を開けている間。
俺は───────どうしようもなく『絶望的な』ラブコメの波動が『上から』迫ってきているのを感じていたのだ。
「っ、逃げるぞッ!」
「な、ちょ、待ってぇ!悠人くん上履きのままだよ!?」
「言ってる場合じゃない!」
「おい、悠人─────そんなにやばい奴が来るのか!?」
「あぁ!何か、悍ましい波動が──────」
言ってる間に、気付いた。
まず、波動が既にここ……一階に到達している。波動の位置で分かるんだ。三階ぐらいにいた波動の高度が俺達と同じになった。
このまま一直線に下校する場合、どれだけ走ってもここから真っ直ぐ先にある校門に辿り着けず、まず『見られる』。この恐ろしい波動の持ち主に認識されただけでも……何処かヤバい気がする。俺の大嫌いなラブコメの味を、濃密なまでに口の中に叩き込まれる予感。
そしてもう一つ。
「む……何かあったのか……?」
─────焦った俺が少し騒いだせいで、生徒会長が振り向いて俺達を見ていた。
今、このまま走って逃げたとしたら……会長にもロックオンされる。さっきの俺の神プレイが台無しになり、『
ましてや俺は上履きだ、こっぴどく叱られるに決まっている。個人的にそれが一番嫌だ。
「二人は先に行け」
「……え」
「ここは俺が食い止める、だから──────行け……あ、走っちゃダメだぞ」
「…………すまん……!」
逡巡は一瞬だった。進は状況を一切理解しきれていない三上の手を握り、精一杯の早歩きで去っていく。
「ちょ、進くん!?本当に何が起こってるか分からないんだけど、こういう時って全速力で走るものなんじゃないの!?何で早歩き!?」
「悠人の意思を無駄にするな!俺達は……進まなきゃ行けないッ!」
「いや、それは分かるけど早歩きはちょっと……ダサいよぉ!」
遠ざかる声を聞きながら、俺は呼吸する。
──────呼吸する、と意識してやらなければ窒息してしまうほどに、波動は俺に圧をかける。
「……誰でもかかってこいよ、クソ陰キャのレベル1トーク術を見せてやる」
どんな奴が来ようと、適当にナンパまがいの言葉を放って時間を稼ぐつもりだった。親しい人以外の女と話すのが大の苦手な俺が、だぞ?
滅多に弱音を吐かない進の願い。心からの叫び。悲しみを俺は感じた。あいつは……あぁ、普通の青春を送るべきだ。正直言って、ヒロインなんて可愛い子が一人いれば十分だろ。何で何人もいるんだよ。三上がいつも一緒にいるんだから進にはもう必要無いんだよ。
力になってやりたい。俺をいつも助けてくれた進の力になる事が、今なら出来る──────
「…………来栖?」
──────なんて、烏滸がましい事を考えていた俺は何処かに消え去った。
全身が凍りついた今、思考は止まる。
「来栖……来栖、だよね!?探してたんだよ、七組の人に聞いたらもう帰ったって言うからさ、出席番号も聞いて下駄箱確認しようと思って……」
どうして。どうして──────コイツがここにいる?
「線堂と一緒にいるだろうと思ったけど、線堂もいないし……ってか来栖、一人なんだね」
なんで─────この高校に?今まで俺は知らなかったのか?知らないフリをして忘れていただけ?分からない、分からない──────
「……私ね──────来栖に伝えなきゃいけない事があるの」
サイドテールの少女が言葉を発する。
それを認識するのを、脳が拒否する。頭の中が絡まり合って考えの整合性が無になる。冷や汗が全身を駆け抜けて鳥肌がそれに波を打つ。
中学一年生の頃。俺を騙し、蔑み、虐げた同級生……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます