第4話 完璧なムーブを心がけましょう
教材やらなんやらを受け取ったりしていればいつの間にかその日の学校が終わり、昼前に下校する。こんな素晴らしい生活も一週間後くらいには終わり、中学時代と変わらないようなお勉強の時間が幕を開けるのだろう。
つまり俺はこの太陽を、昼の空気を存分に味わなければならない……のだけど。
「なぁ線堂、一緒にかえ──────」
「帰ろうぜ悠人!!!!」
ドン!と拳を俺の机の上に叩きつけた進は……心の底から嬉しそうな表情をしていた。
「すまん高橋!!今日は悠人と帰るわ!!!じゃあな!!!!」
「そ、そうか。じゃあ三上さん──────」
「ま、待ってよ二人とも〜!」
進に引っ張られながら教室を出る俺の視界に映ったのは、慌てて俺達を追いかける三上と……周囲のクラスメイトに慰められる高橋とやらだった。
「さぁ作戦開始だぜ悠人!」
「マジでやるのか!?お前……マジ!?」
「大マジだ。マジ中のマジだ」
「マジか……」
「ねぇ分かんないよ……何がマジなの……?」
目をぐるぐるさせている三上を置いて、俺は周囲の『波動』を探る。
……昨日の夜、進が俺に頼んだ作戦。
『ラブコメの波動を全て避け、安全に下校する』─────それを遂行するために、俺は感覚を研ぎ澄ます。ちなみに報酬は次の日の飲み物一本分。毎日続ければ毎日ジュースを飲み続けられるという素晴らしい生活が待っている。若干割に合わないような気もするが。
……実はすでに、進と三上からも波動は感じる。でも……二人の波動は『二人っきり』の時に大きくなる。
俺という不純物が加わればラブコメは弱まる。……ククク、つまり俺は『三角関係』というラブコメでありきたりなポジションに配置されていないという事だ。戦う前から敗北者って事だよクソが!!
「状況を整理すると……まずここ、一年七組の教室は三階。下の階に移動するには右から回って『東階段』を下るか、左から回って『西階段』を下るかだが」
「え……普通、東階段だよね?西階段は遠回りでしかないよぉ……」
「だがそれは罠ッ!ここで東階段に行くやつは馬鹿だ、馬鹿しかいない」
「えぇ、わたし馬鹿なの……?」
何故だろうか─────右方面には強いラブコメの波動を感じる。進が進めば一発アウト級のやばい気配が漂ってくる。
「おい進、いったい右には何があるんだ?キッショい波動を感じるんだが」
「ちょっと待てよ、見てみる─────」
壁から顔をひょっこりと出し、右方向を覗いた進は……一瞬でその顔を引っ込め、血走った目で俺の肩を掴んだ。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい……あっぶな!初手から死ぬところだった……!」
「ちょ、誰がいたんだよ……」
「詩郎園七華────昨日助けた女の子だ」
「ッ!」
確かに、仰々しい名前に似合う黒髪ロングのお嬢様っぽい女が階段の前で待ち構えていた。男子女子問わず話しかけられているが軽くあしらい、まるでただ一人を待っているかのような……。
「確定だな。あいつは進を待ち伏せしている」
「そ、そうなのぉ?綺麗だけど、悪い人なのかな……?」
「……待て、ならおかしい点があるぜ」
進は左を指差し、その先には……方向的には西階段があるか。
「なんで俺が東階段を使うって分かるんだよ。一から四組は西階段使うだろ?俺がそっちから帰るかも知れないのに─────」
「調べ上げたんだろ」
「……え」
「手段は分からないが……線堂進が七組である事を突き止めた……だからあいつは今、こうして東階段で待ち伏せしている……ッ!」
「なっ─────」
……恐ろしい女だ、詩郎園七華。進に本気になりすぎて奇行に走る女は今までにもいたが─────出会った次の日にここまでしてくるとは。
「あ、女子のグループチャットで聞いたよ。詩郎園って聞いた事ない苗字だったから覚えてる!良いところのお嬢様なんだって〜」
「だろうな。不良に絡まれている所を助けられるような女は大抵只者じゃない。金持ちお嬢様なら調べる手段もあるだろう。コイツは……パターンA!」
「パターンAだと!?」
「パターンAだと!?……って何ぃ?」
「『幼馴染とぽっと出のお嬢様の間で揺れ動く』系ラブコメッ!やはりこうなったか……クソが、羨ましい」
進には悪いが、このアホみたいな状況がどうにも妬ましい。振られた方、俺にくれないか?
「ど、どうすれば良い?何とかして左から行かないと……」
「……メタルでギアなソリッドをするしかない」
進を前に、三上と俺がその後ろに─────詩郎園の視界を遮るように、三角形の陣形を取る。
「三上、この体勢を崩すなよ。絶対に進の姿を見られてはいけない」
「わ、分かった!何も分かってないけど……!」
こうして俺達は三角形の頂点として妙に密着しながら、西階段を目指して遠回りして行った。
「は、恥ずかしいよこれ……周囲の目線が痛い……」
「ごめん、耐えてくれ春!これは俺が健全な高校生活を送るのに必要な事なんだ」
「そうなの?ならしょうがないか……」
「それで納得しちゃうのかよ」
進に対して盲目的というよりかは、単純におバカというか、抜けているというか、よく言えば天然なんだ。三上は。
「─────よしっ、切り抜けた……!もう体勢を解いても良いぞ」
何とか階段に到達し、詩郎園の視界から外れる事が出来た。下っていく階段にも波動は感じられず、上から波動が追ってくる気配も無い。
「よし、詩郎園も切り抜けた事だし、ここから先は安全────」
「……待て」
「え?」
階段を下りた先、一階。
──────莫大な勢いの波動が俺に襲いかかる。
そこにいたのは……一つ上の学年の上履きを履く、凛々しい雰囲気を纏った女子生徒。ポニーテールがなびき、まさしく歩くたびに『凛!』と効果音が鳴りそうな気高さ。
俺達はその人を知っていた。……昨日、入学式で目にした。
「生徒会長……頼藤世月……!」
ラブコメにおいて、圧倒的なまでの3人目以降ヒロインパワーを持つ『生徒会長』が、俺達に迫っていた。
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