第3話 デカいフラグが立ちました、リセット推奨です

「じゃあね、進くん。また明日〜」


「おう、またな」


 夜6時まで続いた親睦会の後、春と別れ一人きりになった帰り道……線堂進はイヤホンを耳に付け、ただ歩いていた。


「…………」


 脳に鳴り響く音の波。それでも思考のノイズは消去出来ない。


(あんま……楽しくなかったな)


 というよりは─────来栖悠人を、親友を置いて自分だけ楽しむ事に抵抗があり、思うように笑う事ができなかった。


(無理に誘おうとして……また悪い事しちゃったか)


 悠人はいつも『陽キャの戯れに巻き込むな』と彼の誘いを跳ね除ける。それでも進は悠人に笑っていて欲しかった。ただ一緒に楽しみたかった。青春という貴重な時間を共に過ごしたいだけだった。


「ハァ……どうしたものか─────」


「ちょっと……良い加減にしてくださる?」


 高く、大きめの声が聞こえてきたのはその時だった。最初は痴話喧嘩かと思ったが……男二人が一人の女性を囲うように立ちはだかる光景は、とても穏便なものには感じられない。


「だぁからよ、お嬢ちゃん、肩がぶつかったって言ってんだろォ!?骨折れちまってんじゃねーかなこれ。あぁ痛いなぁ……」


「ちょっとこれは……金だよな。慰謝料だよな。オイ、聞いてんのか」


「馬鹿馬鹿しい。少し触れたくらいで折れる訳──────」


「こっちは被害者なんだよォ!!」


「ひっ……」


 よく見れば、恫喝されている女性は進達が通う『西高』の制服だった。


「金が無いんなら分かるよなァ、身体で─────」


「ちょっと」


「あァ?」


「それ以上はやめた方がいいんじゃないですか」


 進はその光景を目にしてから、迷う事なくイヤホンを外し、一直線に飛び込んでいった。


「誰だテメェ」


「まだ続けるなら……通報しましょうか?」


「出来るもんなら……なッ!」


 振りかぶった拳。真っ直ぐに向かってくる攻撃を─────進は身を翻し避ける。


「え……」


「ギリ、過剰防衛にはならないはず……っと」


「がっ!?」


 流れるような動作で右膝を男の腹に叩き込み、進は次の標的へ視線を向ける。涎を垂らしながら呻き声を上げる仲間の姿に……もう片方の男は拳を握る事が出来なかった。


『喧嘩に慣れている』──────人を傷つける事に一切の抵抗が無い動きを、目の前の高校生は軽々とやって見せた。


「お、おいッ!逃げるぞ……!!」


「ちょっ、まっ、まだ痛い……っ!」


 一目散に逃げていく男二人を見つめながら、「やれやれ」と呟いた進は帰る方向に視線を戻す。


「まっ、待って!貴方……同じ高校の生徒ですよね?」


「……そうですが」


「私の名前は詩郎園しろうぞの七華ななかと言います。この度は誠にありがとうございました……その、ぜひお礼をさせて欲しいのですが……」


「結構です」


「え……あ、その、せめてお名前だけでも─────」


「名乗るほどの者ではありませんよ」


 黒髪ロングの美少女には、何処か得体の知れない品性があり、とても一般的な女子高生には見えなかった。

 だが今の線堂進という男は一刻も早く家に帰りたかった。


 故に、振り向く理由は無い。


 ─────振り向いてはいけないと確信していた。

















 ー ー ー ー ー ー ー













「兄ちゃーん!!!」


「あー?」


「進くん来たよー」


「あー、おっけ」


 小学三年生の弟、海人かいとは生意気にもリビングのソファの上で漫画を読みながら寝そべっているが、毎回こうして進が来るたびにインターホンの音が届かない俺の部屋まで大声で知らせてくれるのはありがたい限りだ。


 ドアを開けた先にいたのは、当然だが進だった。


「よう」


「おう」


「今日はどうした。ゲームか?なら先に風呂入ってこいよ、お前まだ制服じゃん」


「……違う」


「ん……?じゃあなんだよ」


 家が隣同士だからという理由とは言えど、幼稚園生の頃からつるんできた。……分かるんだ。


 何か、悩みのある顔をしている。


「親睦会でなんかあったか?……まさか、ゴリゴリのアニソン歌って引かれたとかじゃないだろうな……!?」


「ちげーよ。悠人じゃあるまいし」


「流石、俺の事をよく分かってらっしゃる」


「…………」


「……どうしたんだよ、本当に」


 暗い空の下、佇む進の姿は酷く弱々しく見えた。


「とりあえず中入れよ、話はそれから─────」


「悠人」


「あ?」


「俺ってモテるだろ?」


「…………あぁ」


 何かツッコミを入れようと思ったが、進の真剣な表情を見て止める。


「中学の頃も何人もの女の子に囲まれてたからさ、流石に鈍感な俺でも気付くんだよ、モテるって事は」


「だろうな」


「……さっき、帰り道で女の子を助けたんだ」


「……え?」


「うちの制服を着た綺麗な女の子が、ガラの悪い男に絡まれてた」


「……」


「見捨てる訳には行かないからさ、助けに入ったんだ」


「それは─────」


「その女の子はキラキラと目を輝かせて俺の名前を聞いてきた」


 ……進は滅多に自慢をしない。するとしてもソシャゲのガチャで神引きをした時くらいだ。

 捻くれた俺の性格を理解してるから、こんな女関係の自慢をするような事は絶対にしない。


「……怖くなったんだ」


「何がだよ」


「何をしても恋愛に発展しそうになる事がッ!!」


「……」


「ただ、俺は助けたかっただけなんだ……なのに不自然だろ。おかしいだろ。こんな─────出来すぎているような事が」


 昔からそうだった。


 線堂進はただモテるだけじゃない。『まるで主人公のような』恋愛イベントを多発させ続けていたのだ。


 それだけモテるって言ったらそこまでだが、まぁ……本人もおかしいと思うほどにモテすぎって事だ。


「もう嫌なんだ」


「俺からすりゃ羨ましいけど」


「また悠人を傷つけるような事があるかも知れない」


「っ、お前まだあの時の事気にして……!」


「もうウンザリなんだ。趣味も合わない、話してて面白くもない、ただ可愛いだけの女が俺を独占しようとするのは」


 ─────こいつ、過去一荒れてやがる。


「悠人がラブコメの波動を感じられるのなら……俺はラブコメの主人公なのかもな」


「自信満々すぎるだろ、お前」


「でも納得出来るだろ」


「……まぁな」


「だから──────力を貸してくれ、悠人」


 真っ直ぐと俺を見つめる視線。見た事がないほどに真剣で……悲しい顔をしていた。


「昨日、言ってたよな?『波動を感じないルートを選んで過ごしてる』って」


「─────まさか。進、お前……!」


「頼む。迫り来る──────ラブコメの波動から俺を逃がしてくれ」


 その日……止まっていた俺の青春は再び動き出した。


「俺のラブコメを破壊してほしい」


 青春の中心地にいる男からの、馬鹿げた提案によって。

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