第1章 第5話
ターゲットを始末した駅から出て、万が一を考えて前回とは違う外資系の高級ホテルに泊まることにした。もらったお金の経費が結構余っているため、このくらいはいいだろう。
ホテルに着いたのは午後10時ごろ、恭しくホテリエの方が出迎えてくれた。こんな遅くに到着した私への対応が丁寧であることに痛み入る。とはいえ、このホテルは1度使ったことがあるし、あまり証拠品が残っている自分の荷物を触られるのも嫌だったので、部屋までの案内や設備の説明は丁重に断った。
カバンから残った幻覚剤をとかしている氷を出し、洗面所に捨てる。これで仕事に関する事柄は完了だ。
ミストシャワーを浴びてから、高層階で夜景を見つつ、一人で祝杯のジャパニーズウイスキーを飲む。
ストレートで飲むと、舌や喉が焼けるような刺激と共に、熟成された様々なピートの香りが鼻に抜けていく。
一仕事終えて、少し余裕が出てきたので今回の仕事について考える。
あのターゲットの青年はなぜ死ぬことになったのだろう?
もちろん、直接的には私が手を下したからだが、もちろんそういう意味ではなく、誰がどのような理由でターゲットの排除を依頼したのかという意味だ。
彼自身は優秀な学生ではあったようだが、別に命を狙われるようなことに関わっているとは到底思えない。
性格的にもはたから見ている分には悪人とは思えず、私たちの家に依頼をするような超上級国民からの恨みを買うようには見えない。
ひょっとして、お家騒動のようなものに巻き込まれたのだろうか。今でも超上級国民の隠し子などが、本人の預かり知らぬところで後継や遺産相続などで揉めることが多々ある。親父が言っていたが、超上級国民の骨肉の争いは生き残りをかけた凄惨なものになることもけっこうあるとか。
もしそうだとするなら、彼自身には何の落ち度もなく、私に殺されたということになる。家の事情で暗殺者になった私に、家の事情で本人の預かり知らぬことで暗殺されるなど、なかなかに皮肉が効いている。
ウイスキーの2杯目を注ぐ、今度は大きめにカットされた氷を入れてロックで飲むことにする。ウイスキーにゆらゆらと浮かんでいる氷を、指でくるくる回す。
…考えるのはやめよう。所詮私は金で殺人を請け負うただの歯車だ。結局この呪縛から逃れられない限り、歯車であり続ける方が気が楽だろう。
残ったウイスキーをぐいっと飲み干し、そのままダブルサイズのベッドに横たわる。あっという間に深い眠りに落ちる。
翌日の朝、ホテルで朝食をとる。エッグベネディクトにスモークサーモン、サラダがメインのいかにも外資系ホテルらしい朝食をいただく。経費がまだまだ余っているため、とち狂ってシャンパーニュを2杯も飲んでしまった。
家に戻った私は親父に仕事の完了報告をした。いつものように父から謝礼金が出る。普通の乗用車を1台買える程度の額だが、いまだにこれが高いのか安いのかよくわからない。簡単に仕事の内容を報告をする。私も本業が大学院生なので、あまり仕事がたくさんあると困るのだが、幸い頻度は年に数回程度だ。
今日は時間もたっぷりとあるので、この足で大学に行って研究室で実験を進めよう。そろそろ学会の予稿を描き始めないとまずい。試験結果自体はある程度出ているので、まずはそれらをまとめて、その後考察を始める必要がある。
数ヶ月は穏やかな時間が続くはずだ。
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