第1章 第3話 

 そして一週間後

 私は、今日も居酒屋『どっこらしょい』で飲んでいた。

 そして、ターゲットの青年も同じだ。先週と同じくサークルの後輩のメンバーと飲んでいる。サークルで週に一度このお店に来ることは確認済みであった。

 できれば、他のメンバーがいない時の方が狙いやすいのだが、彼は外食をほとんどしないことがわかったため、仕方なくこの『どっこらしょい』で下準備をすることにする。


 彼らのテーブルが飲み物を追加注文する。ターゲットはやはりビールに飽きてくると焼酎をロックで(どうでもいいが、今回は茜霧島)を頼む。そして、そんな渋いチョイスをするターゲットのサークルのメンバーは他にはいない。

 このお店では飲み物は注文するとまず、氷が必要な飲み物にカウンター近くの製氷器から氷を入れて、いったん製氷器の上にグラスを置く。そして、その後に飲み物を注いでいく。


 ここで重要なのは、焼酎を注文した場合は、いったん製氷器の上にグラスを置いてから、店員さんが焼酎のボトルを取りに行くため、一瞬グラスのそばに誰もいないブランクタイムが発生する。


 ちょうどそのタイミングで、私はカバンの小型の保冷バッグの中から小さい氷を取り出し、手のひらに隠し持った。この隠しもつ技術は手品の用語でパームと言われ、よほど注意して見てもまずバレることはない。

 そして、トイレに行くふりをして製氷器のそばに近づき、ターゲットが注文したグラスの中に、パームしていた氷を入れた。


 周りから見ていても、一瞬グラスのそばに手をかざしただけに見えるだろう。もちろん誰も見ていないことを確認した上で実行している。

 結果として、誰にもバレずにターゲットのグラスに氷を仕込むことができた。

 帰ってきた店員さんは焼酎のボトルを持って私が氷を仕込んだグラスに焼酎を注いだ。入れた氷はとても小さなもので、常温の焼酎を注いだらすぐに溶けてしまうだろう。

 さて、今回仕込んだその氷こそが、親父からもらった幻覚剤を溶かして凍らせたものである。


 この幻覚剤は、効き目としてはそこまで強いものではない。言うなれば酔った時の酩酊による混乱状態を強くする程度のものだ。

 本当はここで遅効性の毒か何かを仕込めればベストであったが、残念ながら、この氷のサイズで確実に作用する毒はないそうだ。


 そもそも、繰り返し飲ませてじわじわと痛めつけるタイプの毒(不凍液など)とは異なり、一度飲ませただけで殺す毒は今の高い医療技術だと確実性が低い。

 無事にそのグラスがターゲットの元へ届くと、早速焼酎を飲み始めた。

 目に見えて幻覚剤が効いてくるというほどではないが、じわじわと言動が酔っぱらいのそれになってくる。呂律もあまり回らない。


 ターゲットの酒豪っぷりを知っている人からするとやや違和感があるかもしれないが、それでも不自然すぎるというほどではない。

 ターゲットと一緒に飲んでいたメンバーは、ターゲットの酔いがだいぶ回ってきたことから、前回よりも早めに解散することに決めたようだ。


 彼らの動きを見て、彼らよりも先にお会計を済ませ、お店の外に出る。

「先輩、どうしちゃったんですか。いつもならあれだけ飲んでもそこまで酔わないでしょう。ひょっとして1人で0次会とかやってたんですか。」

「ひや、俺は酔ってない。ひつも通り…。」

 とふらふらになっているターゲットが言う。

 結局、彼らのうち、先週も一緒だった後輩が途中まで見送ることになったらしい。これは私としては予定通りだ。

 電車は遅延もなく予定通り運行している。



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