第1章 第2話

 居酒屋「どっこらしょい」では想像以上に早くターゲットの青年を見つけることができた。

 ターゲットは男女合わせて20人くらいのグループで楽しそうに飲んでいる。

 その中でも、ターゲットはグループの中心人物であるらしく、彼が声をあげて話をするたびに周りの人間は聞き入り、そして相槌を打つ。


「就職の面接は運次第ってところもあるからな。最近なんとかガチャっていうのが流行っているだろ。親ガチャとかそんなの。」

 ターゲットはここでビールを一気に飲んで、400mlは入っていそうなジョッキを一息で空にした。周りの人間は小さく拍手する。ターゲットはそれに気をよくしてさらに続けた。


「面接もさ、それと同じで面接官ガチャっていうのがあるんだよ。どんなに優秀な奴でも、面接官とは合う、合わないが絶対にあるからな。だからそこは俺は運が良かったよ、俺よりも優秀な奴が落ちてなぜか俺が受かったからな。でも、かといって準備をしなくていいというわけじゃ絶対ないぜ。ガクチカをベースにして自分がいかに志望先の会社に合致している人間かの軸を一本通さないと受からねえ。もちろん想定質問には矛盾がないようにあらかじめ回答を作って脊髄反射で答えられるくらいにしておかないとな。」


 聞くところによると、ターゲットは大手の商社に就職が決まっているらしい。しかし、残念ながら私が失敗しない限り、ターゲットが業務につくことはないだろう。

 それにしても面接官ガチャに親ガチャか。面接官ガチャは大学院生の私にはまだ関係がないが、親ガチャは大外れか大当たりかのどちらかだな。

 ターゲットはその後も楽しそうに話を続ける。


「そういう点じゃ、色々言われているけど大学入試の方法は試験一発勝負が一番公平だと思うぜ。作文とかだとやっぱりガチャになるからな。」

 ターゲットは追加で頼んだ焼酎を飲んでいる。周りの人間もだいぶ酔いが回ってきているようだ。

 ひと足先に私はお会計を済ませて、外に出てターゲットが出てくるのを待つことにした。


 そこから待つこと40分。なかなかターゲットたちが出てこないのでちょっと早く店を出過ぎたかと思ったが、ようやく顔を赤くして彼らが出てきた。

 さて、先日もらった調査書によるとターゲットは電車通学で僻地の駅にまで帰る必要がある。おおよそ居酒屋「わっしょい」がある駅から1時間ちょっとだ。

 電車の中でターゲットの様子を伺う。


 思いのほかあれだけ飲んでいた割には足取りもしっかりしているし、電車の中でも途中まで他のメンバーと一緒だったが礼儀正しくうるさくせずに過ごしていた。総合商社に受かるだけあって、酒には強いしヘマをやらかすタイプではないのかもしれない。少しやりづらいな。

「じゃあ、気をつけて帰れよ。」

「先輩の方こそ酒の飲み過ぎで就職を棒に振るようなことは絶対やめてくださいよ。」


 そう軽口を聞く後輩にツッコミを入れてから、ターゲットは電車を乗り換える。

 私も後に続いて、ターゲットの最寄り駅まで尾行した。途中、最寄り駅までの乗り換えの駅のカメラの位置や駅員の動き、位置などを頭に叩き込む。

 これなら問題なく実行できるだろう。私はターゲットの尾行をやめて、時間を確認した。


 午後11時10分。ここから自分の家まで戻るのには終電がすでにない。さいわいにして暗殺にあたり必要経費は十分にもらっているので、近くのビジネスホテルに泊まることにする。


 コンビニで替えの下着を買い、駅の近くにあった深夜営業の『水龍』なるお店でビールを飲み、博多ラーメンを食べ、ホテルに入ってシャワーを浴びてさっさと寝る。

 ベッドに入りながら決定事項を反芻した。

「決行はちょうど一週間後だ。」


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