提出15分前
低田出なお
提出15分前
3コマ目の教室へ向かう途中、その二つ手前の空き教室に見えた後ろ姿は、友人の清田によく似ていた。
足を止め、開け放された扉から中を覗く。肘をつきながら額を触っているその姿は、どうやら他人の空似という訳ではないらしかった。
当の本人は随分と頭を捻っていて、俺が近付いてみてもろくに反応しない。教室の中には俺と清田しかおらず、スニーカーが床を叩く音がぼんやりと響いていた。
唸り続ける清田の横をそのまま通り過ぎ、斜め前の席に腰かける。気付く様子なないのを見とめ、リュックサックをわざと乱暴に机に置く。ぶつかる音が鈍く鳴った。
音を聞いて、清田はようやくこちらに意識を向けた。顔を浅く持ち上げると、睨むような視線と向ける。
僅かに間を置いて、その表情はにやけ笑いに変わった。
「はあ〜、何だよ」
「いや? 全然気付かないからさ」
応じる様に、俺もにやにやと笑う。清田は何かを言いかけて、そしてやめた。
それから直ぐに険しい顔に戻り、手元のノートパソコンの画面へと目を落とした。
俺は尋ねた。
「珍しいじゃん、そんなにせっつかれてるの」
「いやー…」
言葉を濁すその表情には、差し迫った焦りが見える。
彼の様子から察するに、レポートか何かの提出物に取り組んでいる事は容易に想像がついた。
だが、清田はどちらかと言えばその類のものは手早く済ませるタイプだった。何なら俺自身、良く期限ギリギリになって助けを求めた事も頻繁にある。
その清田が、こうも頭を抱えている。中々見られない光景だった。
「何の授業よ?」
「萩野先生の」
「…え、はぎさんの?」
「はぎさんの」
両の親指で目じりをぐりぐり押す清田に、こちらが困惑してしまう。
その理由は極めて単純だ。
簡単なのだ。課題が。
「はぎさんの、ってことは、あのレポートだよな」
「そ、あの1000字のやつ」
萩野先生、通称はぎさんの顔を思い浮かべる。御年60歳になる先生から出された課題は、講義内容をまとめるシンプルなものだったはずだ。それほど難しい課題では無い。
「長屋も受けてるよな、はぎさんの。終わってる?」
「終わってるけど、いやていうか…」
振り返り、教室前方に掲げてられた時計を見る。時刻は13時を随分と回り、30分がすぐそばに迫っていた。
「はぎさんの講義、次のコマでしょ。あと15分くらいしかないじゃん」
「だから焦ってんだって」
清田はのけぞり、髪の毛をわしわしとかき混ぜる。膝が机の裏に当たり、彼のノートパソコンのモニターが小さく揺れた。
今いる空き教室の二つ先、本来自分が目指していた教室こそ、他でもないはぎさんの講義が行われる教室である。
清田を見かけなければ、それこそ既に教室でスマホでも弄っていた事だろう。
「そんなに難しくないでしょ」
「いやムズイって、高谷もモロケンもきついって言ってたわ」
「でも1000字じゃん? それくらいなら何とかなるでしょ」
「1000字なのがきついんだけど…え、どういうふうにまとめた?」
「普通よ普通に。はぎさんの話まんま書いただけよ」
立ち上がり、画面が見える様に後ろへ回り込む。清田も気を利かせてくれ、体を反らせてくれた。
「今何文字なん?」
「1700」
「……うん?」
聞き間違えたか?
そう思うが、そうではない。現に清田が見せてくれている画面の左下には、「1702文字」と字数が表示されていた。
「出来てるじゃん」
「は? いや出来てないでしょ」
「いやいや、はぎさんのレポート1000文字でしょ? 1700書けてるならこれでいいじゃん」
「え? い、うん?」
何故だか字数の足りているレポートに納得しない様子で、清田は首を傾げる。こちらも同様に、いまいち要領を得ない彼に首を傾げざるを得ない。
もしかして、字数を勘違いしてるのか? いやでも、さっき1000字って言ってたし……
沈黙の中考えていると、
「…あのさ」
清田が話しかけてきた。視線を合わせる。どこか恐る恐ると言った具合に口を開いた。
「お前、何文字書いた?」
「え、あー、1500字くらい」
「このレポート、1000字以内にまとめないと駄目だぞ」
提出15分前 低田出なお @KiyositaRoretu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます