まんまん博士

 

 じっとりと冷や汗が小幸の背中を這い落ちた。

 

 その感触が鳥肌を誘う。

 

 うつむきながら震える小幸に、男はなおも言葉を浴びせかけた。

 

「ふむ……嗜虐性を煽る怯えた表情とあどけない童顔……」


「健康的な太腿に、目を惹く張りのある臀部」



 髪を手に取り匂いを嗅ぎながら男は耳元で静かに囁いた。


「白くきめ細かい肌に、極めつけは……このたわわな乳房……!!」

 

 小幸は今にも泣き出しそうになりながら、震える声で謝罪を繰り返していた。

 

 

「男好きする身体だねぇ……」


 男は下から覗き込むように小雪と視線を合わせて嗤う。



「しかし吾輩の好みじゃない」

 


「へ……?」


 男がそう言って小幸に背を向けると同時に、電気が復旧し部屋に明かりが戻った。

 

「吾輩の好みは骨と皮のようにガリガリに痩せ細った幸薄い幽霊みたいな女だ……!!」

 

「金を払って絶食を施し、人為的にしたこともあったが、アレはどうも好かん。やはり呪いも不幸も天然物でなければな」

 

 ぶつぶつと独り言ちながら男は部屋を歩き回ると、再び小幸の前に戻ってきて、ぐいと顔を近づけ言う。

 

「しかし君からは、なんともかぐわしい不幸の香りが漂ってくる……うーん……いい香りだ……わはははは……!! ついてきたまえ!!」

 

 男はそう言って歩き出した。小幸はわけのわからないまま困惑した表情で男の後についていく。

 

 

「今まで買い取った女は五人……! どれも不幸を身に纏い、身内に売られた女ばかりだった……!」

 

「しかし吾輩に言わせれば、あんなものは養殖と変わらん……! どれも呪いの類ではなくに過ぎん……!!」

 

 そう言って男は大きな扉の前までやって来ると、振り返ってにやりと嗤った。

 

「先に雇った五人はな……今では全員、精神病院の隔離病棟で拘束されておるよ……!!」


 わざとらしく小声で言うと、男は高笑いしながら扉を開いた。


 中にはシャンデリアに照らされた豪盛で美しい食卓が用意されている。

 

 

「吾輩の名は天満満重てんまんみつしげ!! と呼びたまえ……!! 歓迎しよう!! 今日から君は吾輩の助手兼、専属のメイドだ……!!」

 


 ……絶対呼びたくない……

 

 その言葉をぐっと飲み込んだ小幸の気持ちはすでに、生まれて初めて目にするご馳走に移りつつあった。

 

 

 酷く嫌な予感がしたが、案外悪くないかもしれない……

 

 小幸がそう思ったのも、ほんの束の間のことだった。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る