男好きする身体だねえ……


 

 小幸はゴクリと唾を飲み込むと覚悟を決めて歩き出した。

 

 ……どうせ逃げられるわけもない……

 

 歴戦の不幸体験が告げる。

 

 いざとなったら腹を括れ……と。

 

 強大な運命を前に人が出来ることなど所詮たかが知れている。受け入れて死ぬか、逃げ回って死ぬかだ……!!

 

 奇妙な極論を頭の中で振りかざし、自分を奮い立たせた小幸は巨大な玄関扉の前に立ち、勇ましく呼び鈴をゴツゴツと鳴らした。

 

 ライオンの口に咥えられた真鍮の輪……


 映画でしか見たことのない古めかしい呼び鈴見つめていると、顔の間際で声がした。


「インターホンを鳴らさず、そっちを使うとは古風な子が来たものだな……!! 鍵は開いてる。さあ入れ……!!」


 見ると壁には最新式の立派なインターホンが付いていた。


 無駄に恥ずかしい。


 小幸は気を取り直して、屋敷の中へと足を踏み入れた。



 中は厭に薄暗く、不気味な剥製や置物があちらこちらに展示されている。


 逆さに吊られ、内臓がまろび出た女の絵画を目にした時、小幸は屋敷に入ったことを後悔した。


 ……嗚呼、きっとわたしはここの主人の玩具にされて、辱められた挙げ句、残酷に殺されるに違いない……


 その時、突然、近くで落雷の音がした。


「きゃあああああ……!!」


 するとあたりに暗闇が訪れる。


 ……停電……


 突然の土砂降りが空を暗くし、稲光が剥製を青白く照らし出す。

 

 手探りで歩く小幸の手に、ぐにゃりと柔らかい感触がした。

 

 

「ひぃっ……!?」

 

 思わず悲鳴を上げた瞬間、再び特大の雷が落ちた。


 照らし出されたのは、骸骨のように落ち窪んだ目をした、生きた男の顔だった。 



 じゅっ……と音がして手持ちの蝋燭に明かりが灯ると、男はギラつく目と狂気じみた笑みを小幸に向けて囁いた。



「挨拶も無しに、主人のを触るとは、なかなか教育が行き届いているじゃないか? ん?」

 


 ……最悪だ……

 

 小幸は慌てて手を退けると、頭を下げて大声で謝罪する。

 

「ごごご、ごめんなさいっ……! 暗くて見えなかったもので……」

 

 男は小幸の顎に手を伸ばし、ぐいと小幸を直立させる。

 

 見た目と裏腹に強い力だ。

 

 震えながら薄目を開けて固まる小幸の周りを、男はぐるぐると周りながら、品定めするように観察する。

 


 ……どうか気に入られませんように……

 

 

 小幸は必死に願ったが、男は口元を歪めて言った。

 

「男好きする身体だねえ……」

 

 

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