甘美なる罪の味


 小幸がご馳走の並ぶ長テーブルに呆気にとられていると、博士の声が広い食堂に木霊した。

 

「何を突っ立てる!? まさか食べ方を知らんわけではあるまい!?」

 

 その言葉に小幸は申し訳無さそうに小声で返す。

 

「その……こういう食事は初めてで……お作法とかそういうのは……」

 

 その言葉は博士の耳にはまるで届いていないようだった。

 

 博士はトングで皿に山盛りの料理を盛り付け、それを運んでやって来る。



「フォアグラは好きかね? ん?」

 

 骸骨のような目が妖しく光る。

 

 嫌な予感がした……

 

「食べてごらん」

 

 そう言って博士はフォアグラのソテーを指で摘み、小幸の口元に運んだ。

 

 ……手掴み……

 

 とは言えず、小幸は博士の手から直接フォアグラのソテーに口を付けた。

 

 小麦粉でカリッと焼かれた表面。次いで中から現れる極上の旨味ととろけるような舌触り。

 

 生まれて初めて口にするフォアグラはこの上ない甘美な味だった。博士の手から直接というのを除けば……。

 

 博士は皿に溜まった濃密な黒いソースを指ですくい、それも小幸の口元に運んで囁いた。

 

「舐めてみなさい。トリュフとボルドー産赤ワインで作った最高のソースだ。これが加わって初めてフォアグラのテリーヌは完成する……!」

 

 小幸はごくりと唾を飲んだ。

 

 博士の指をしゃぶることには途轍もない抵抗がある。生理的にも性的にも……

 

 しかし芳醇なソースの香りと、期待に目を輝かせる博士に負けて、小幸は覚悟を決めた。

 

 味わって死ぬか、味わわず死ぬかだ……それなら味わって死ぬ方を選ぶ……!

 

 小幸は前髪をかき上げ小さな白い耳にかけると、博士の指へと口を近づけた。

 

 指をしゃぶると同時に口いっぱいの幸福と、なにか大切なものを失ったような感覚が広がり涙が出る。


「おいぢいでず……」 


「ぐふふふふ……!! 泣くほど美味いか!? よっぽど不幸だったと見える!! 素晴らしい……!!」

 

 博士は二切れ目のフォアグラを小幸の口に運びながら言った。

 

「ぐふふふふ……!! 甘美な罪の味だよ? ガチョウを拘束し強制給餌ガヴァージュを施す。胃が痙攣を起こすほど大量の餌を鉄のパイプで胃に直接流し込むのだよ。やがてブクブク太った脂肪肝が他の臓器を圧迫し呼吸不全に陥り、歩行すらも困難になる……!! その結末がこれだ……君も共犯だねえ?」


 青褪めた顔でフォアグラを飲み下す小幸をよそに、博士は目を輝かせてそう言うと、皿を机に置いて告げる。



「さあ食事は終わりだ……!! ついてきたまえ!!」


「え……? まだこんなに……」


 名残惜しそうにご馳走を眺める小幸に博士は叫んだ。


「そんなものは後だ!! 時間は有限!! さっそく仕事を手伝ってもらう!!」


「仕事……ですか……わたしは何を……?」


 博士はにやりと笑って言った。


「吾輩の横に突っ立ていればよい……!! 君の得意科目だ!! さあ行くぞ!!」



 小幸の背中に鋭い悪寒が走った。


 ……あ、これ本当に駄目なやつだ……


 正真正銘の酷く嫌な予感がした。

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