32 ふたつにひとつじゃない

「へ?」


 ルーシはリラックスした態度で、葉巻をくわえる。対照的に、キズナはゴクリと唾液を飲み込む。傍から見ればただの美少女たちだが、このふたりには共通点があったのである。


「図星だろう?」

「そりゃ、そう」

「感情の波が弱いヤツだなぁ。かわいいヤツめ」


 ルーシはキズナの頭を、いや、ツノを撫でてくる。美容院で髪を洗ってもらっているときのような心地よさだと、惚けたことを思い浮かべる。

 されど、キズナの頭は破裂寸前だった。“セブン・スターズ”とかいう確実に強いであろう存在を倒す義務が生まれたら、銀髪の少女に本当の性別を暴かれた上に、その相手も元々は男性だったとのたまう。普段表情筋をまったく使わない、エコロジーなキズナも、これには怪訝な顔にならざるを得ない。


「……、ルーシ。いや、“さん”付けすべきなのかな?」

「どちらでも構わんが、呼び捨てのほうが見た目的には合っているな」

「じゃあルーシ、なんでぼくが男だって分かったの?」

「そりゃあ、こちらも元々は男だったしなぁ」


 可愛らしい笑みとともに、かわされた気もする。ルーシは続けた。


「どうだ? 少女になった感想は」

「別に、なにも思わないよ。男子だった頃から、おしっこは座ってしてたし」

「そういう話じゃないんだけどなぁ」ニタニタ笑ってくる。

「じゃあ、どういう話?」

「簡単だよ。肉体は魂の器にしか過ぎないのか、それとも魂は肉体に順応していくのか。オマエはどちらだと思う?」

「難しいこと訊くなぁ」

「そうかい? パーラの話訊く限り、オマエ転生してから結構経っているようだ。だったら、この質問への答えが出せるはずだが」

「じゃあ、逆に訊くよ?」

「なにを?」

「ルーシはパーラさんを騙してる自覚あるの?」

 キズナの切り返しに、「ああ、葉巻吸って良いかい?」と答え、返事をする前に火をつけた。


 りんごみたいな頬の少女が、漫画の悪党みたいな茶色いタバコをくわえる光景は、なんとも奇妙だ。もっとも、初めて会ったときから奇怪なものを感じていたが。しかも、「うん」と言う前に火をつけやがった。傲慢なのは間違いない。


「やはりこれに限るな。パーラは獣娘だからか、タバコ嫌いなんだよ」

「質問、答えてよ」語気を強めた。

「そんなに気になるかい?」

「パーラさんは大切な友だちだからね」

「じゃあ答えてやるよ。自覚はある。ただ、アイツは私の正体に薄々感づいている。なら、問題はないだろう?」


 こうも即答されてしまうと、キズナもそれ以上の追及ができない。それを分かっているかのように、ルーシは葉巻を灰皿に置く。


「で? オマエはどちらだ? 肉体と魂、選び取りたいのは?」

「……、ルーシ。世の中はふたつにひとつってわけじゃないよ」

「なんだ? いきなり」

「別に、女サキュバスと人間とのハーフに成り代わりたくてここへ来たわけじゃない、ってことさ。でも、現実的に男へ戻る方法もない。あるとしても、いまある問題を解決してからでないといけない。そうでしょ?」


 ルーシはキズナの肩を軽く叩き、満悦といった笑顔を見せてきた。

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