26 ありがとう

「なにがどう良いんですか?」


 ひとまず、そう訊いてみる。


「逆立ちしたって、貴方たちの才能には敵わない。才能の差って残酷よね。私は私なりに努力してきたつもりだけれど、それでもアーテルへは傷ひとつしか負わせられなかった。貴方のカイザ・マギアであっさり気絶してしまった。だから、もう良いのよ。すべてが」


 悩ましいことを言ってきた。キズナは転生者なので魔術のことは良く分からない。

 ただ、あのときアーテルは露骨にイブへ手加減していた。

 そして、転生してきてから1ヶ月程度のキズナのカイザ・マギアで意識不明になった。

 故に、才能という高い壁の前に、いまイブは心が折れかけているのであろう。


「イブ先輩、こんな話知ってますか?」


 しかし、それでもキズナにとってイブは大切な先輩だ。ここで慰めない、なんて論外だといえるほどに。


「トップクラスの才能だけを持つヒトと、中くらいの才能と豪運を持つヒトだったら、後者のほうが人生上手くいくって」


 キズナは、仰向けに倒れてサングラスを外した半サキュバス少女の目を見るイブへ、そう告げた。

 どこかで聞きかじった情報である。結局、人生は運で決まるという、身も蓋もない話だが、いまのイブを慰められそうな言葉などそれくらいしか思い浮かばない。


「……、だからなんなのよ」

「運は制御できないけど、イブさんだってKOM学園の序列第2位なんでしょ? だったら中くらいの才能はあるはずだし……まあ、なんというか、気楽に行きましょうよ。運ゲーだと思えば、それこそすべての悩みとかどうでも良くなるし」


 イブはフッ、と鼻で笑う。


「貴方、やっぱり大人びてるわね。とても中1とは思えないわ」

「良く言われますよ。大人の振りは得意なもので」

「演じられるのなら、それは立派な大人よ。演者にもなれず、道化師やってる子どもみたいなヒトだらけなんだから」


 とりあえず、イブは納得してくれたようだ。

 キズナは半サキュバスの怪力をもって、イブをお姫様抱っこしベッドまで運ぶ。


「こんな細い腕なのに、すごい腕力ね」

「人間とサキュバスとのハーフは、怪力も兼ね備えてるって言いますしね。きょうは色々あって疲れたと思うので、もう寝ちゃってください」

「ええ……。ありがとう。キズナ、そして、アーテル」

「あっ、うん! イブちゃん!」


 アーテル・デビルは赤面しながら、そう答えたのだった。


 *


 アーテルの部屋から出て、ふたりはバルコニーで紅茶を嗜んでいた。広大なベランダには、公園のような自然が広がっている。

 時刻はまだ2時頃。すこしアーテルと喋ることにした。


「で、なんとなく分かったんだけど、なんでイブ先輩と揉めてたの?」

「うん……。昔は唯一無二の親友だった、とは話したはずだけど、その先だね」


 アーテルは紅茶を一旦すすり、マグカップを白い机の上に置く。


「仲がギクシャクし始めたのは、私の“評定金額”がイブちゃんを上回ったあたりからなんだ」

「昔はイブ先輩のほうが高かったと?」

「そうだね。私は内向的だから、友だちがなかなかできなくて悩んでたんだけど、イブちゃんだけは違った。こんな私にも気さくに声をかけてくれたんだ」

「なるほど。でも“評定金額”が逆転して、イブ先輩が嫉妬したと」

「そういうことになるね。私だって好きでイブちゃんを越えたわけじゃないんだけどね……」


 実際、アーテルとイブの実力差は広い。明らかに本気で挑んだイブが、アーテルに爪痕ひとつ残せないくらいには。そうなれば、“評定金額”は正しいのであろう。


「でも、キズナちゃん。ありがとう」

「なんで?」

「あのときキズナちゃんがカイザ・マギアで止めてくれなかったら、私も本気で挑まざるを得なかったもん。そうしたら、私は確実にイブちゃんを傷つけてしまう。だから、ありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る