24 カイザ・マギア

 明らかに怯えた表情のアーテル・デビルは、白を基調とした服装に身をまとっていた。

 白く、汚れが付いたら大変そうなダウンジャケット。寒くないのかよ、とつっこみたくなる白の短いスカート。これまた土埃がつきそうな白いブーツ。そしていつも通りの黒いロングヘア。すべてがイブとは対照的だ。


「はあ……。ごきげんよう。元王族のアーテル・デビルさん」


 露骨な舌打ちをしたイブは、やはり喧嘩腰な態度であった。


「あ、いや……」

「挨拶もできないのですか? なるほど、愚民どもとは会話もしたくないと」

「そ、そんなことないです」

「だったらなんの嫌味ですの? その格好は」

「い、嫌味? この服はイブさんといっしょに選んだものだから──」


 刹那、瞬間湯沸かし器みたいにイブが鬼の形相になった。


「それが嫌味だって言ってるのよ!! 貴方はいつもそうね!! 才能と家柄でヒトを見下す!! もう良い! 派閥メンバーといっしょに潰そうと思ってたけど……やっぱりここでぶっ潰すわ」


 突如怒りだしたようにしか見えないイブが手を外側に振ったときには、街路樹が立ち並ぶ街に大暴風が舞い降りた。


「あぶなッ」


 風の塊が、街路樹やガラスを破壊しながらアーテルに突き進んでいく。

 それでもいまひとつ緊張感のないキズナ。この場を難なく収められれば、キズナは前世で死んでいないはずだからだろう。


「キズナ! 貴方は下がってなさい! 貴方までこの女に奪われたくないわ!!」


 あいも変わらず鬼のような表情で、イブは背後に下がったキズナにそう叫ぶ。

 なにかをする、というかなにかをできるわけでもないキズナだが、その言葉に(なぜか)彼女まで苛立ったのも事実だった。


「……、ヒトを自分のものにしようなんて、おこがましいな」


 が、その言葉は届かない。

 その頃には、イブがアーテルとの間合いを一瞬で狭め、禍々しいオーロラのような右腕で黒い髪の少女を殴ろうとした。


「や、やめてくださいっ!! ぐっ!!」

「元をたどれば貴方が始めた闘争でしょう!? 私は一歩も引かないわよ!?」


 殴打され鼻血を垂らすアーテルは、即座に血を拭う。そして地面を蹴り、漫画のように空を舞う。


「な、なんで私たちが闘わなきゃならないんですか!? いがみ合う理由なんてないのに!」

「貴方にはない! 私にはある!! それだけで充分でしょう!?」


 これはマズイ。アーテルが飛び跳ねた場所には大型のクレーンが出来上がっている。これだけでも凄まじい賠償金になる。

 しかも、イブもなんら躊躇なくアーテルを殴ろうとして、その余波で街そのものが振動している。


「キャメル先生が言ってたな……。ふたりが本気でぶつかれば、仲良く人殺しだって」


 キズナはここが異世界であることを痛感させられた。いくら街並みが現代ヨーロッパ風であろうとも、魔術がある以上、たったふたりが喧嘩するだけで恐ろしい被害が及ぶのである。

 しかし、キズナにできることはない。もうふたりに声が届くとも思えない。それに、一度振りかざした拳をそうかんたんに下ろす者たちとも思えない。


「でも、ダメだ。ここで止めなきゃダメなんだ。ふたりは友だちなんだから」


 キズナはサングラスを外し、コートの中にしまった。

 いつだかメントが話していた。この世界の住民は皆、魔力を原理に動いていると。

 ならば、魔力に干渉できればふたりを止められるかもしれない。

 当然、そんな手立ては知らない。

 いや、止める方法の魔術名くらいは知っている。当然だが、教わってはいない。

 だが、ふたりが傷つくところを見たくないのならば、無理を承知でやるしかない。


 刹那、赤と銀色が混じったオーロラのような現象が、街を包み込んだ。


「カイザ・マギア!? 誰の魔力で……うっ」


 イブが力なく落下した。

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