11 女子たちの闘争
結局、なにも分からないまま、キズナは初授業を終える羽目になった。不良に憧れているかのごとく、鋭い眼光をぶつけ合う女子生徒たちとは関わりたくないので、授業が終わったタイミングでキズナはすぐ外へ出る。
(女子同士のスクールカーストって、喧嘩で決まるのかな)
当然、(ろくに通っていなかったとはいえ)21世紀日本でも女子たちの權力闘争はあっただろう。ただ、あんな一触即発ではなかった。パーラやメントは、KOM学園を比較的平和だと語っていたが、キズナからすれば平和とはなんぞや、とつっこみたくなる。
(まあ、きょうはもう帰ろう。本格的な授業はあしたからだし)
というわけで、無意味なほど広い宮殿みたいな学校を歩いていく。
(というか、もう気温5度まで下がってるじゃん。足、絶対冷えるよね、これ)
校内の至るところに設置されているモニターが、寒波を報せてくる。
暖房設備が整っているので屋内は寒くないが、一歩外に出れば話が変わってくる。パーラとメントに弄られたスカートの短さの所為で、ストッキングすら履いていないキズナは、生まれたての子鹿のように足を震わせた。
「さみい……」
あしたから防寒対策しておこう、とキズナは誓う。
そんな凍え死にそうなほど震えているキズナは、なにを間違えたか校門でなく、その真逆にある第3校舎にたどり着いてしまう。
「噴水がお湯だったらどれだけありがたいか……ん?」
みんな下校時間だというのに、随分ヒトが集まっている。しかも騒がしい。どこかで聴いたことある声が、やかましく誰かに啖呵を切っているようだ。
キズナは怪訝な表情になりつつ、自分には関係ないと噴水前を立ち去ろうとする。
が、壁のごとく集まっている女子たちの隙間から、キズナは先ほど話したばかりの少女たちを見つけてしまう。
「──アンタのすべてが気に食わないのよ。元王族の序列1位だからって、私たちを見下しているのでしょう?」
「──そ、そんなことないです。私はただ……」
(アーテルさん? それに、さっき“チャーム”かけたヤツ?)
なにやら言い合いに、というか一方的にアーテル・デビルが責められているようである。
放っておくわけにもいかないので、キズナは女子たちの間を強引に通り抜け、ふたりの元へ向かう。
「どうしたんですか? ふたりとも」
「あ、いや、なんでもないです……」
アーテルは弱々しくキズナへ返事する。
「なんでもないことないでしょ。ねえ?」
そして、すでに“チャーム”にかかっている白い髪の少女に近づいていく。
「あら、貴方。イブ様になにするつもりなのかしら?」
が、誰かに肩を掴まれ、キズナの動きは静止される。
そのサキュバスとの混血児は振り返り、サングラスをずらし、「なんスか?」と語気を強める。
「目上のヒトへの口の利き方を知らないのかしら? まったく、“教育的指導”が必要ね」
ざわざわ、と騒がしくなる女子たち。こうなれば、自助のためにサキュバスの片鱗を見せるしかない、と思ったとき。
キズナの肩を強く握っていた少女が、レシートのごとく、空中高く跳ね上がった。
「き、キズナ様に触れないでください!!」
アーテル・デビルはそう叫んだ。しばし沈黙が場を支配するものの、やがて数メートル跳ね上がった少女が地面にバキッ!! という音とともに地面へ戻ってきたことで、あたりは悲鳴に包まれる。
場が混沌とする中、教員がこちらへ向かってきた。ようやく、と言った感じである。
「貴方たち!! なにしてるの!?」
その低身長な茶髪の女性教師は、怒号とともにアーテルと白い髪の少女の間へ入った。
皆がうろたえる中、キズナに“チャーム”をかけられたはずの白髪の少女は、両手を挙げて降参のサインを出す。その表情に、余裕はない。
「あ、あ。キャメル先生……」
同時にアーテルの表情も青ざめている。どうやらこのキャメルという教師は恐れられているらしい。
「……。とにかく、誰か救急車を呼びなさい。その子、骨折じゃ済まないわよ? それと」
と、どこか他人事のように考えていたキズナであったが、その160センチにも満たない低身長な教師は、まずキズナのもとへ詰め寄ってきた。
「貴方がキズナね? ちょっと話があるわ。着いてきなさい」
どうも、主犯格だと思われているようだ。たまたまアーテルが絡まれていたから、それを止めるためにこの場へいただけなのに。
そして、キズナとキャメルはすこし離れた、彼女たちの声が聞こえない場所で立ち話を始める。
「あの子に怪我を負わせたのは、貴方かしら?」
「いいえ」淡泊な返事だ。
「だと思った。良かったわ」キャメルはすこし安堵した表情で、「貴方、転生者なんでしょ? メントから話は聞いてるわ。自分の魔術を制御できずに、望んでもないのに誰かを傷つける可能性があるって」
「メントさんと知り合いなんですか?」
「ええ。同じ学園に属してたわ。当然、パーラもね」
「ほへー」
「ともかく、貴方はもう帰りなさい。アーテルと貴方が悪くないことは分かってるから」
キズナの背中を押し、キャメルは帰宅するように伝える。
「分かりました」
この場に残ってもやることはない、という意味合いにも聞こえたので、キズナは大人しく校門へと歩み始める。
その最中、メントから電話が飛んでくる。
「もしもし」
『キズナ。オマエ、一日目から飛ばしすぎだろ~。キャメルが大慌てしてたぞ?』
「なにに慌ててるの?」
『KOM学園の戦力均衡が崩れかねないことに、だな』
「戦力均衡?」
『あたしも良く分かんねえんだけど、KOM学園は派閥同士の対立がやべーんだってさ。中でも、高等部の評定金額第1位のアーテル・デビルって元王族に、第2位のイブって白い髪のガキが挑もうとしてる的な話だと。なんとか喧嘩にならねえようにキャメルは腐心してたらしいけど、そのデタントもいましがた壊れちまったみたいだ』
「良く分かんないなぁ。まあ、アーテルさんはお咎めなしってキャメル先生言ってたし、それなら良いや」
『ホント甘いヤツだよな、オマエって』
「嫌味?」
「んなわけないだろ。ともかく、きょうはもう帰ってこい。パーラが日本って国の料理をつくってみるってさ」
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