12 キス魔

 前世への思いはほとんど消え去っていたが、日本食だけは忘れられなかったキズナに、朗報が舞い込んできた。


「ホント? すっげえありがたい」

『だよな、パーラ──『もしもし、キズナちゃん! あのね、学校にいる日本からの転生者に日本料理聞いてみたんだ! それでさぁ、試しにつくってみた! いまビデオに切り替えるね!』


 割り込んできたパーラは、これでもかと言わんばかりの料理をビデオで見せてきた。

 寿司だらけだ。キズナたちが暮らす国ロスト・エンジェルスは、アイルランドほどの本島と数十個の小さな島々から成る国なので、案外採れる魚も多いらしい。

 マグロ、白身、光り物、エビ、イクラ、玉子、その他諸々。パーラの友人は渋いネタが好きなようだ。


「すげっ。高級寿司屋みたい」

『食べてみたけど、結構美味かったぞ。その他も用意してあるから、きょうは寄り道しないで帰ってきな』

「分かった。ありがとうね、ふたりとも」


 帰れる場所がある喜びを噛み締め、キズナはKOM学園の初日を終えてしまうのだった。


 *


「もうすこし多くつくれば良かったよ~。微妙に足りない~」

「腹八分目が肝心だぜ? パーラ」


 兎にも角にも、パーラとメントは健啖家だ。なぜ30貫も食べて腹八分目だと言えるのか。しかもネタが大きい。シャリも大きい。回転寿司の2~3倍くらいの大きさだ。きっと、パーラに寿司を紹介した友人は江戸時代出身だろう、と確信するほどに。


「どうだった? キズナちゃん」

「美味しかったよ。味はね」

「やっぱり量多かった?」

「そりゃ……ぼくは中学生だからか、胃袋が小さいからね」

「成長期こそ良く食べるべきだろ。身体大きくならないぞ?」


 味には文句がない。というか、居候している身なのに料理まで出してもらって、ケチつけるような人間にはなりたくない。

 ただ、このふたりの食事についていくのは困難だ。ついでにいえば、野球部所属でトレーニングを欠かさないメントはともかく、パーラはなぜ太る気配がまったくないのか訝りたくなる。


「大丈夫だよ、キズナちゃん! メントちゃんと暮らしてれば勝手に食事量増えるから!」

「そうかもね……」


「さて、キズナよ。案の定学校でトラブルに巻き込まれたみたいだな。ある程度聞いたけども」

「まぁね。こんなに闘志むき出しで殴り合うお嬢様学校だとは、思ってもなかった。でもまあ、良い刺激になったかもしれない」

「そりゃ良かった。けど、キャメルが言ってたみたいに──「キャメルちゃん、いまKOM学園の教員やってるの!? すげえ! まだ大学3年生なのに!」

「んん? キャメル先生って大学生なの?」

「そりゃそうだろ。あたしらの同級生だぞ? それに、アイツはあたしらのタメの中でもトップクラスの魔術師。いろんな仕事のインターンやって、一番合った仕事のエリートコースまっしぐらだろーさ」


 ロスト・エンジェルスでは、魔術の力量がそのまま生涯賃金につながるという。さらに、魔術能力を金額で評価、要は評定金額で、ある程度の生涯収入を割り出すこともできるのである。


「ほへー、キャメル先生って評定金額いくらなの?」

「3億4,300万メニーって言ってたな。あたしの3倍以上だぜ? 推定生涯年俸が3,430万メニー。まあ、孫の代まで遊んで暮らせるわな」


 日本円換算で34億円ほど稼げるらしい。プロ野球球団の年俸総額に匹敵する金額である。つまり、想像もつかない世界にいるというわけだ。


「ただ、キャメルは元王族だし、あんまりカネには興味なさそうだったな」

「元王族ってなんなの?」

「ああ。150年くらい前、ロスト・エンジェルスの独立戦争で英雄的な存在になった連中が、その勢いのまま王族になったんだけども、100年ほど前に王政は廃止されたんだ」メントはウイスキーをグラスに注ぎ、「そもそも独立戦争で武功をあげただけの連中には権威もクソもないから、ってな。ただ、国民投票で平和裏に王位が廃止されたから、キャメルやアーテルは名字を名乗ることが許されてる。あと、政府から補助金が支払われたりしてるらしいぞ」


 言われてみれば、キズナもパーラもメントも名字を持っていない。異世界人のキズナはともかく、このふたりに名字がないのは、19世紀だと考えれば不思議な話だ。他国では今頃、庶民にも名字を名乗っているだろうに。

 そんなことを考えているとはつゆ知らないであろうメントは、ついに酒を飲み始めた。


「あ、メントちゃん! お酒弱いのに飲んじゃ駄目だよ!!」

「あたしは弱くねえよ。だいたい、オマエのほうがやべーだろ」

「だって私は飲まないもん!」

「でも、きょうはキズナが初登校した記念日だぞ? ホントに飲まないの?」

「あ、確かに。キズナちゃん、飲んで良い?」


 なぜキズナに許可を取るのかは知らないが、「良いんじゃない?」と返事しておく。


「キズナは13歳だから飲めないもんな~。あー、残念だ。つってもこの国は18歳から飲酒オッケーだから、あと5年待つだけか~」


 ウイスキーをストレートで飲み始めるパーラとメント。メントが弱いのは知っているが、パーラがどれくらいの強さなのかは分からない。でも、嫌な予感がする。


 *


「キズナちゃん~チューして良い?」

「ほら見ろ~。オマエ、キス魔になるんだから~」

「信用してるヒトにしかキス魔にはならないもん~。ねえ、メントちゃん~」


 キズナはパーラに5回ほどキスされていた。ちなみにメントとは10回以上キスし合っている。

 たしか彼女は恋人がいるとか言っていたはずだが、これって不貞行為に当たらないのか、と疑念を抱く。

 いや、パーラとメント、そして見た目は女性であるキズナの3人だから成立するのだろう。

 とか考えながら、キズナは何度も押し倒されるスキンシップの前に、すっかりグロッキーになっていた。

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