10 初めてのチャームと勘違い

 やれやれ、とキズナは首を横に振った。

 一ヶ月の間、キズナはずっとサングラスをかけながら生活してきた。真夜中に街を出歩いても、問題ない程度には慣れている。

 しかし、傍から見ればキズナは変人だ。13歳にふさわしい童顔と低身長なのに、まだ入学したばかりなのに、堂々と色付きメガネをかけてくる生徒なんてなかなかいない。


「あ、あれ? どうされました?」

「話すと長くなる、と思ったけどそうでもないか。どのみち情報はすぐに出回りますしね。だから簡潔に言います」キズナはサングラスをずらし、「ぼくはサキュバスとのハーフです。累計で30秒間、男女問わず目を見つめ合うと、いわゆる“チャーム”がかかっちゃうんですよ」


 ある種当然の反応として、彼女は口をポカンと開けた。

 久々に裸眼になり、一瞬で目が疲れたキズナは、縦にずらしていたそれを元に戻す。


「ちゃ、“チャーム”?」

「ええ、そうです。誰彼構わず魅了してたら疲れちゃうんで、こうやって目が見えないようにしてるんですよ」


 そんな困惑する黒髪の少女と、余裕があるように見せかけているキズナの隣に、誰かが急接近してくる。なにか危険な兆候を感じたキズナは、黒髪少女と近づいてくる白髪しろがみ少女の間に入り込むように立ち位置を変えた。


「チッ……あら、アーテルさん。ごきげんよう」


 挨拶の前に露骨な舌打ちをされた。しかもキズナの方向なんて向いていない。意図的に無視したのだろう。


「あ、あ……」

「元王族、デビル家のご令嬢は挨拶もできないのですか?」

「こ、こんにちは」

「はぁ。随分ご丁寧な挨拶ですわね」嫌味と溜め息とともに、「後で話したいことがありますので、授業が終わり次第第3校舎の噴水まで来てくださいませ」

「え、あ、え?」


 完全に置いていかれたキズナだが、黒髪少女、基アーテル・デビルの顔から血の気が引き始めているので、とりあえずアーテルに小声で、「もう行きましょう」と伝える。


「は、はい」

「あら。後輩に庇われるとは、KOM学園序列第1位も落ちぶれたものですわね」

(序列1位? つか、態度がムカつくな。コイツ)


 異世界転生1ヶ月目。いままで“チャーム”を試したこともなかったキズナは、ここでサングラスを外して彼女の目を見据える。


「……なんの用ですか? ヒトの顔になにかついていますの?」

「なんだって良いでしょ。ただ、そういう高圧的な態度が大嫌いなだけだ」

「へえ。それは私に対する宣戦布告ですか?」


 白い髪の少女は、キズナより10センチ以上高い高身長の少女は、キズナをあざ笑うような態度だった。


「そう思ってくれて結構です。貴方たちの間になにがあったのかは知らないけど、こっちから見れば貴方の態度は不愉快だ」


 刹那、白い髪の少女は、乱暴にキズナの胸倉を掴む。


「不愉快なのはどちらかしらね? この私に対し、面と向かって大口叩くほうがよほど不愉快だわ」

(どういう腕力だよ……。これでも体重50キロくらいあるんだぞ?)


 と、あたりが騒がしくなってきたときだった。白髪の少女の目が一瞬ピンク色に変化したのは。


(“チャーム”かかったのかな?)


 しばし、沈黙が流れた。キズナは胸倉を掴まれたまま、おそらく30秒経過したはずだと信じる。

 やがて、答えが明かされる。

 アルビノみたいな髪色と白い目の少女は、キズナから手を離した。そして、一目散に走り去っていった。


「あれ?」


 周りが再び騒然とする中、むしろ一番驚いたのはキズナのほうであった。

 目を30秒見た相手が、熱烈な愛情を抱いてくるとの説明を受けていたものの、まさかあんな全力で疾走し始めるとは思ってもなかった。


「まあ、好きなヒトの顔も見られないくらい照れ屋ってことかなぁ」


 ともかく、不愉快な絡み方をしてきた少女は消えた。黒髪少女アーテル・デビルも、胸をなでおろしていることだろう。だからキズナは、アーテルの方を(サングラスをかけ直して)振り返った。


「き、キズナ様。いまの魔術は?」

「さっき言った“チャーム”ってヤツですよ。たぶん」


 実際、脳内までは分からないので曖昧な返事しかできない。


「つ、つまり、イブ様はキズナ様に恋煩いしていると?」

「まあ、たぶん」

(なんか、クッソ恥ずかしいな。なんでだろ)


 なんというか、実際“チャーム”を使ってみると恥ずかしくなってくる。

 友人的な意味で好きになったヒトはいても、恋愛には疎すぎるキズナは、どうしても恋というものを理解できない。

 そんな動乱の中、予鈴が鳴ってくれた。これは逃げるチャンスだと、キズナはオリエンテーションが開かれるという教室に……そういえば、どこで開かれるのだろうか。


「ねえ、アーテルさん、いや、様? ともかく、中等部のオリエンテーションってどこで開かれるか知ってますか?」

「中等部? キズナ様は高等部ではないのですか!?」

「え? アーテルさんも中等部じゃないんですか?」


 甚だしい勘違いをしていたようだ。確かにアーテルはキズナより高身長だし、着ている学生服のエンブレムも微妙に違う。つまり、1歳年上ではなく、4歳年上というわけだ。

 そういう混乱の中、予鈴が鳴り止んでしまった。これでは初日から大物になってしまう。


「と、ともかく、ぼくもう行きますよ。初日から遅刻して悪目立ちしたくないし」

「は、はい。あの、ご健闘を!」

「そちらこそ。またどこかで会いましょう」


 *


 なぜこの学校は無駄に広いのだろう。結局、教室にたどり着いたときには、初日の授業はほとんど終わっていた。

 ただ、私立大学の講義室みたいな場所に集まる生徒たちのほとんどは、遅刻してきたキズナに関心がないようであった。スマートフォンをいじくっていたり、誰かを睨みつけていたりと、色々忙しいらしい。


(ホントに女子校なのかよ、ここ。余裕で“チャーム”掛けられそうなくらい睨み合ってるヤツらばっかだし。てか、なんて書いてあるか読めない)


 そんなカオスな部屋にて、キズナは一番後ろの席へ申し訳無さそうに座る。

 4K有機ELモニターの数十倍美麗な3Dホログラムが、目まぐるしく校内での注意事項らしき情報を載せてくる。それは、未だ口語しか理解できていないキズナをフリーズさせるのだった。

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