シーズン1 Ready Freddie?-愛という名の欲望-

9 困ったときはお互い様

 カインド・オブ・マジック学園──通称、“KOM学園”。総生徒3,000人を誇るマンモス校である。

 また、この国ロスト・エンジェルスにおける最大の女子校でもある。それが故なのか、学生服も可愛くつくられている。

 ただ、つい一週間前まで男子だった半サキュバス少女キズナに、緑を基調とした制服の愛らしさはいまひとつ理解できない。

 強いて言えば、こんな寒い国なのに、前世での横浜市並みにスカートが短い子ばかりなのは不思議、と言ったところか

 そして、バスで学校へ着いたあと、同時にこうも思った。


(まあ、この国一応19世紀だから宮殿みたいな校舎にしてるのかな?)


 イギリスのバッキンガム宮殿みたいな見た目の校舎前、キズナはポカンと口を開ける。自由の女神並みに巨大な女性の銅像も建っていて、随分生徒からカネを搾り取ったのだろうな、と余計なことを考えてしまう。


 そんな口を開けて首をかしげる、ホログラムみたいな黒い翼と尻尾を生やす少女の肩を誰かが叩いた。


「や、や、やあ。あっ、違った。ご、ご、ごきげんよう」


 肩を撫でるように叩いてきた割には、尋常でないほど手が震えている。

 普通、こういう行為をする者の手が、アルコール依存症患者みたいにピクピク動いていることなんてありえない気がするものの、とりあえずキズナは返事しておく。


「えーと、なんだ。素敵なお召し物ですね」


 ぶっきらぼう過ぎるだろ。語気からしていい加減だぞ、キズナ。


「ど、ど、どうもありがとうございます」


 そういえばロスト・エンジェルスに転生してからまったく見たことのなかった、黒髪のロングヘア。髪質が良く、太陽光を浴びると青みがかるのが特徴だ。また、ロングヘア自体がなんとなく珍しい気がする。

 顔立ちは美人だが、表情はひどく怯えている。なにを怖がっているのかは分からない。


「え、え、えーと、お名前は?」

「キズナです。あれかな、後期編入した形になるのかな? んまあ、1学年です」

「い、1年生なのですきゃ──いたッ!!」


 口が振動しすぎて、口の中か舌を噛んでしまったらしい。


「大丈夫ですか? 体調が悪そうだ」

「だ、だ、大丈夫です……」

「ホントに?」

「あ、あ、本当は大丈夫じゃないです……わ」

(無理してお嬢様言葉使ってるのかなぁ。まあ、本来だったら入学金と授業料で7万メニーくらいだって言うし、お嬢様学校でもあるのか)


 それはさておき、口から吐血するヒトを放っておくほどキズナも薄情ではない。羊の角が生えているサキュバスとの混血児は、名も知らぬ彼女の手を引っ張る。


「え、え?」

「保健室、行きましょう。口からとんでもない血出てますよ?」

「あ、え、あ、ひゃいっ! あ、あの──」


 これ以上喋られても傷口が悪化するだけなので、キズナは人差し指を口元に突き立てる。


「良いから。困ったときはお互い様、って言うでしょ?」


 パーラやメントみたいな存在になりたい、という裏目標達成のためには、当然人助けも肝心だ。

 そんなわけで、キズナは校舎の中へ足を踏み入れる。


「えーと、こっちのほうにありそう」


 日本で散々慣れ親しんだ場所、保健室。そのおかげか、その所為か、キズナは第六感でも使えますよ、と言わんばかりにそこへ黒髪の少女の手を引っ張って向かう。


「ホントにあった」


 外装があれだけ豪華ならば、内装も当然王宮みたいな造りだ。

 なんでこんなにシャンデリアが必要なのか。いかにも高そうな赤いカーペットを、安っぽいスニーカーで汚して良いものなのか。そもそも学校がこんなに広くある理由なんてあるのか。


「見て、あれって……」

「──様、ついに──をお立ち上げになられたのかしら?」

(ほとんど聞こえるような声量でひそひそ話するなよ……。また一部聞き取れなかったし)


 そういうことばかり思い浮かべていれば、キズナたちは保健室にたどり着く。21世紀欧州のようにそういった施設がないことも懸念したが、杞憂に終わった。


「え、あ、君って1年生だよね?」

「そうですよ」

「なんで医療室の場所が分かったの……ですの?」

(着け刃みたいな女性語だなぁ。まあ、どうだって良いんだけど)


 中は病院の一角のような造りだった。シャンデリアの明るさで目が溶けそうだったので、落ち着かせるのにもお誂え向きだろう。


「いやぁ、保健室登校してたからですかね? 感覚で分かるものですよ」

「えっ、あ、じゃあ、キズナ様は──」

「話すと長くなりそうなんで、聞きたいのならあとで言いますよ」


 21世紀社会で自殺。その後転生。なぜか半サキュバスの少女に生まれ変わる。親切なヒトたちに助けてもらう。7,000万メニーという途方もない値札をつけられる。KOM学園へ後期編入する。正直、話すのも億劫だ。

 ただまあ、情報は足が早い。自分から語らずとも広がっていくだろう。こんなに属性盛っている少女のお話は。


 というわけで、看護師に少女を引き渡したキズナは、至って普通の病院の待合室みたいな保健室で、彼女の治療を待つのだった。


 *


 それから10分後、黒髪ロングヘアの少女が出てきた。


「治りました?」

「え、あ、はい」

「それは良かった」


 キズナは笑みを浮かべる。


「んじゃあ、教室向かいましょうか。先生のお話聞かないと、だし」

「え、あ、ワタクシ、2年生です、わ」

「へ?」

「だからその、大変恐縮なんですが、オリエンテーションをともに受けることはできないのです」

「なるほど、ちょっと残念です」


 あの挙動不審さを見て、無自覚のうちに彼女のことを同学年だと勘違いしていた。キズナは苦笑いを見せる。

 そして。


「ところで」

「あ、あの」


 同時に発声してしまった。これにはキズナも彼女も苦いような、照れているみたいな表情になるしかない。


「お先、どうぞ」

「あ、じゃあ。えーと、キズナ様はなぜサングラスをかけているのですか?」

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