7 気楽に行こう

「今後、かぁ」


 いつまでも、パーラやメントの家になにもしないで居候するわけにもいかないし、きのうの夜中メントが言っていたように、ここは中学へ編入する方法を考えるのが正常だろう。

 とはいえ。


「学校、嫌いなんだよね。良い思い出がまるでない」

「寂しいこと言うなよ。確かに前世じゃ良い思い出なかったかもしんないけど、ロスト・エンジェルスの学園は日本って国とだいぶ違うぜ?」

「そうなの?」

「日本じゃ魔術がないんだろ? でもロスト・エンジェルスへはそれがある。つまり、一般教養と魔術知識を身に着けてくみたいな感じだよ」


 そう言われると、すこし楽しそうだ。古今東西、魔法は人類の憧れだったのだから。その憧れに近づけるのであれば、確かに悪い場所ではないかもしれない。

 ただ、それでもなお引っかかるところもある。


「けどさ、メントさん。魔術師の学園に治安を期待するほうがどうかしてる、って言ってたでしょ?」

「まぁな」

「ぼくみたいな根暗、2日目にはいじめの対象になってるだろうし、そう思うと足がすくむんだ」

「ちゃんと感謝できるだけ、ほかの根暗よりは断然マシだろ。大丈夫、いじめられやしないよ」

「そうかなぁ……」


 そうやってキズナが悩んでいると。


「んー、目が覚めてきた! おはよ、メントちゃんにキズナちゃん!!」


 呑気な猫との獣娘が目を開け、元気な挨拶をしてきた。


「パーラさん、おはよう」

「おはよ! ふたりとも早起きだね~!」

「オマエが遅すぎるだけだろ。きょう学校あるんじゃねえの?」

「あっ、いけねっ!! 準備しないと!」


 どうやら大学への登校すらも失念していたらしい。まあ、週5日必ず通う場所でもないはずなので、忘れるのも無理はないかもしれない。


「でも、その前にご飯だよね! キズナちゃん、ブル食べられる?」

「そもそも食べたことないよ」

「ベーコンと目玉焼き、マッシュルームとかソーセージ、ハッシュドポテトといっしょにトースト食べるヤツだよ! 朝食にはぴったりでしょ?」

(要するにイギリス料理ってこと? 英国料理ってまずいらしいけど、大丈夫なのかな?)


 と、まずいものは食べたくないと思うキズナであったが、返事する前にパーラはキッチンへ立っていた。これはもう、パーラの料理スキルに期待するほかない。


「死刑判決受けたような顔するなよ、キズナ。まあ、ブリタニカの飯はまずいことで有名だけど、パーラの飯はうまいぞ?」

「そうなの?」

「いつか料理人になれそうなレベルだぜ? まあ、匂い嗅いでいりゃ、うまそうなのも伝わってくるだろ」

「そうかもね……」


 とりあえず飯が出てくるまで待機、でなく、話を進めなければならない。


「中学、かぁ」


 ぼそりとつぶやき、話の軌道修正を図る。


「まあ、入ってみてから決めても良いんじゃねえの? いろんな名門校が手を挙げるだろうけど、合わなかったら契約破棄でやめるとかオプションつけておけば良いわけだし」

「学校に契約破棄とかあるの?」

「そりゃあるだろ。キズナくらいの“評定金額”を持つ13歳なら、いくらでも自由は効くさ」


 そう言われると、すこし気が楽だ。

 適合できなければやめられる。やめたあとにも、拾ってくれる学校はあるような口ぶりだし、だからこそ身構える必要もないのだろう。


「キズナちゃん、もう“評定金額”出されたの~?」

「ああ、何メニーか当ててみな」

「んー、私とそう変わんないと見せかけて意外と高いような気がする! でも、年齢的に3,000万メニーかな?」

「その倍以上だよ。なんと7,000万メニーだ!」

「えーっ!? 7,000万メニー!? あんな強いメントちゃんが1億メニーなのに!? キズナちゃんやべーじゃん!!」


 メントの強さは知っている。キズナがデモ隊に絡まれたとき、一瞬で彼らを爆破して窮地を救ったからだ。

 あの人数を一瞬でさばける者が1億メニー。そうならば、やはりキズナの7,000万メニーは破格なのだろう。なんの実績もないのに。


「うん、まあ、その、ありがとう」

「どうも感情が揺さぶられないヤツだなぁ……」

「昔からだよ、メントさん。感情をむき出しにできるヒトが羨ましくて仕方ない」

「それこそ天性のものだしなぁ。あたしもパーラも喜怒哀楽激しいから、悪りぃけど気持ちが分かんねえや」


 という会話を交わしていたら、パーラが朝食をつくり終えたらしく、3つのブレックファーストが運ばれてきた。


「おまたせ! 朝は軽く、だよね!」

「そういう割には結構な量だけどな」

「だって私もメントちゃんもたくさん食べるでしょ!」

「いや、キズナが食べ切れるのか、って話だよ」


 結構な量だ。きのう食べたピザほどではないにしろ、朝食なんて食パン一枚しか食べてこなかったキズナからすれば、胃もたれしそうなカロリーである。


「出されたものは全部食べるよ。パーラさんに悪意があるとは到底思えないし」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん!」


 パーラはキズナの胸あたりを肘で軽く突く。そしてきのうのリプレイでも見ているかのように、銀髪の少女はビクッと震えた。


「あっ、ごめんね……」

「いや、大丈夫。そろそろスキンシップにもなれる……はず」


 女子の世界で生きていくのであれば、多少のボディタッチは受け入れなければならないのだろう。

 されど、まだ時間がかかりそうだ。


 *


「あー、腹八分目だな」

「ねっ!」


 キズナが食べ過ぎのあまり椅子から動けなくなっている頃、ふたりはケロッとしていた。こうなると、朝っぱらからこんな食べられる強靭な胃がほしくなる。


「でも、キズナには量が多すぎたらしい。無理して全部食べなくても良かったのに」

「や、出されたものはよほど嫌いじゃない限り食べるからさ……」

「美味しかった? 改善点とかある?」

「ないよ。想像の50倍以上美味しかった。ただ、もうちょっと少なくしてくれると嬉しい」


 という会話の直後、メントのスマートフォンが鳴った。


「なになに……おお、キズナ! きのうの夜中言った、“カインド・オブ・マジック学園”から連絡が来たぞ!」

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