5 この娘はホントにぼくなの?
「ふああ~」
あれだけ疲れていたのに、時刻はまだ4時半だった。たしか12時頃に眠ったはずなので、ほとんどのヒトに推奨される6時間の睡眠は取れなかった。
ただ、そんなことは慣れっこだ。日本にいたときも、睡眠導入剤に頼っていた時期があるのだから。
「そういえば、こっち来てからなにもお腹に入れてないや」
そんなわけでなにか食べたい。キズナはもぞもぞとベッドから起き上がり、リビングへと向かっていく。
「あ」
が、キズナは失念していた。ここは彼、基彼女の家でないことを。泊めてもらっている身分で、冷蔵庫を漁るのは卑しいだろうと。
「ハミガキもしたいし、パーラさんかメントさん、起きてないかな」
キズナは間借りしていた部屋から一階へ降りていく。時間的に誰かが起きていることは期待できない。
と、思っていたら、リビングには灯りが灯っていた。ドアを開け、キズナは現代ヨーロッパっぽい暖炉付きの部屋へ入る。
「おう、もう起きたのか」
「うん、メントさん」
「あたしもたまたま目ぇ覚ましちまってさ。映画見てたところなんだ。さて……」
メントはソファーから立ち上がり、キズナに歯ブラシと……サングラスを渡してきた。
歯ブラシのほうはなんの変哲もない、2~300円で買えそうな代物。
一方、サングラスはいかにも高そうなデザインだ。ピンク色のレンズで、雫のように垂れ下がったフレーム。パイロットが着けていそうな、そういう厳つさを覚える。
「とりあえずハミガキしてきな。腹減ったんなら、そうだな。冷凍のピザがあったはず」
「いや、このサングラス、なに?」
「ああ、これか。そりゃ、誰彼構わず“チャーム”かけないためにお誂え向きだと思ってよ」
「なるほど、でもお高いんでしょう?」
「まあな。だいたい500メニーくらいしたかな」
「500メニー?」
「ああ、転生者だからロスト・エンジェルスの通貨なんて知ってるわけないよな。あれだ、コーク缶が1メニーでタバコが4メニー。パーラいわく、ゲームソフトが7~80メニーくらいらしいぞ」
要するに、1メニー=100円くらいの価値ということか。計算しやすそうで良いことだ。
とか、呑気なことを思い、「ありがとうね」と返事してキズナはサングラスをかける。
「似合ってるじゃん」
「ありがとう」
「でも、“チャーム”を任意で操れるようになるまでずっとかけ続けなきゃならねえし、いまのうちに慣れておきな。夜は想像以上になんも見えなくなるからな」
「確かに。サングラスなんて前世でもかけたことなかったし」
「まあ良いや。洗面所の位置、分かるだろ? ハミガキしてる間にピザ温めておくよ」
「ごめんね、ありがとう」
「謝られることしてるわけじゃないさ」
そんなわけで、キズナは洗面所へと向かっていく。
その道中で、赤みがかった銀髪少女キズナはぼやく。
「500メニーってことは50,000円? ホントにもらって良いの? これ」
月の小遣いが5,000円だった少年は、このサングラスだけは絶対に失くせないと心の底から思った。
洗面台の前でハミガキしながら、キズナはサングラス姿の自分を見る。髪色や肌色も相まって、手前味噌だが良く似合っているような気がする。思いもよらず自分に見惚れてしまうくらいには。
鏡を凝視しても緑色の目が見えないほど、遮光性が高い色眼鏡。ただ、目元が見えなくても、小顔で鼻口もきれいなラインを描いている。だから良く似合うのであろう。
まだこの姿になってから2日目のキズナは、まるで他人を見ているような感覚になった。
「これってホントにぼくなのかな?」
一生答えが出なさそうな疑問を覚えたところで、ハミガキを終えてリビングへ戻っていく。
「ピザ、焼けてるぞ~」
「うまそう。ありがとね」
ここはアメリカかよ、と疑ってしまうほど巨大なピザがあった。日本のLサイズよりさらに大きいからだ。
「気にすんな。さぁーて、ビール飲んじゃおうかな~。キズナも飲む?」
「いや、13歳だから飲めないよ」
「じゃあコーラだな。いやー、夜食よりうまい飯はないよな~」
メントは瓶ビールを開ける。プシュッ、という音とともに彼女は結構な勢いでそれを飲む。
「あー、不養生すると罪悪感湧いてくるぜ。これでも女子野球部のエースなんだけどな」
「女子野球部? 野球やってるの?」
「まーな。でも、あと1年半くらいで引退だ。というか、日本って国も野球流行ってるんだろ?」
「そうだね。まあ、野球部の連中は一部除いてクズだらけだったけど」
「マジか。あ、でも、誰かから訊いた気がするぞ。日本って国じゃ軍隊みたいな仕組みで野球やらせてるから、性格歪む子が多いって」メントは酒が回ったのか、顔を赤くし、「でも、ロスト・エンジェルスの野球部はゆるいところ多いぞ~。たいてい他の部活も掛け持ちしてるしな」
「部活、かぁ……」
マルゲリータピザを頬張りながら、キズナはなんとも感傷に浸るような表情になる。運動系の部活に属していた連中からいじめられていた身としては、やはりあまり良い感情を持てない。
「どうしたよ~? 年齢が年齢だし、たぶんどっかの中学に編入することになるんだから、そのときやりたいこと探しておくのは大事だぜ?」
「学校」
「医者と役所が暗に迫ってくるだろーさ、学校行けって。まずロスト・エンジェルスに慣れてもらわなきゃならねえわけだし、その歳じゃバイトもできないしなぁ~」
すでに泥酔しているように見えるのは気の所為だろうか。
それと、キズナがまだ1枚しかピザを食べていないのに対し、緑髪ショートヘアのメントはすでに4枚ほど食べている。体育会系らしく、健啖家なのは間違いない。
「まあ、あれだな。サキュバスとの混血だってのが完全に証明されれば、いろんな学校が手ぇ上げるだろーよ。あたしやパーラの属してた学校もそうだし、“カインド・オブ・マジック学園”っていう名門も狙ってくるさ」
「どっちがおすすめとかあるの?」
「ああ。断然、“カインド・オブ・マジック学園”だな。スカウト来た瞬間に即決して良いレベルだぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます