4 お着替えの時間
たいていの者は喉から手が出るほどほしい力であろう。だが、キズナはそう吐き捨てるだけだった。これから先、どんな美少女に惚れられようと、それは自分の魅力でなく、サキュバスの血が相手を洗脳しているだけだと思ってしまうに違いない。
「まあ、こうやってネガティブだからあんな惨い死に方したのかもね」
そんな暗い感情に心が覆われつつあったキズナのもとへ、パーラとメントが歩み寄ってくる。
「どうだった~? キズナちゃん!」
「ああ、うん。やっぱりぼくはサキュバスと人間の混血児だったらしいよ」
「だよね! キズナちゃん、せっかく目きれいなのに直視できないもん! 私、恋人いるしね!」
「でもさぁ、“チャーム”かけられた子ってどうなるんだろーな。あたしが知ってる限り、サキュバスは男女問わず魅了しちゃうらしいけど、そうなったときの反応は知らないんだよな~」
「じゃあ、ぼくの目見てみる? メントさん」
「不貞行為は駄目だろ! あたしだって彼氏くらいいるんだぞ?」
「またまた~、メントちゃん。男の子に泣きついて付き合ってくれないと爆殺するぞ、って脅したくせに~」
「……パーラ、それは黒歴史ってヤツだ」
どうやら黒い歴史の末に恋人をつくったらしい。そこまでして恋人がほしいものなのだろうか。
「ごほん。さて、キズナ。もう疲れたろ? とりあえずあたしとパーラの家に泊まって良いから、ちょっと頭ン中整理しな」
「う、うん。ありがとう」
「あしたになったら役所に届け出だね! んじゃ、一旦帰りましょー!」
*
考えてみれば、女子の家に泊まる経験なんてなかった。というか、友だちの家に泊まることが初めてだったりする。
「この部屋空いてるから使って良いよ~。ベッドと暖房もあるし、必要だったらノートパソコンも使って良いよ~」
「ああ、うん。パソコン、借りるかも。ごめんね」
「さっすが! 21世紀から来ただけあるね!」
「ねえ、パーラさん」
「なーに?」
「この国って何世紀なの?」
「んーとね、19世紀になったばっか! 1802年だよ~!」
19世紀なのに21世紀並みの技術力を持つ……そういえば国名すらも訊いていなかった。知らないことは恥でないと、キズナはレンガ造りの廊下でパーラへ色々訊いてみることにした。
「ほかの国も同じくらい発展してるの?」
「んー、他国がロスト・エンジェルスの技術力にたどり着くには、最短で50年って訊いたけど」
「ロスト・エンジェルス?」
「この国の名前! 略称はLAS(ロズ)だよ~!」
「直訳で天使を失った、的な? 国名にしちゃ不穏だよね」
「実は私も良く分かんない! これでも一応大学生なんだけどね……」
「得意不得意はあるでしょ、人間なんだから」
「おーっ! かっこいいこと言うじゃん! キズナちゃんは私より8つ下、いや9つ? くらい年下に見るけど、絶対私より頭良いでしょ~」
肘をグリグリ胸のあたりに当ててくる。ただのスキンシップなのだろうが、たぶん大半の男子は変な勘違いしそうだ。
「って、あれ? もしかして女の子のこと苦手?」
軽く触れただけなのに、ビクッ、と震えたキズナを見て、パーラは心配そうな顔になる。
「……いや、すこし疲れてるだけだよ」
「ホント?」
「たぶんね」
実際、表情からも疲弊感が垣間見えるので、そこまで間違っていない。
だが、どうにもボディタッチが多いヒトは苦手なのも事実だ。意味もなく、殴打され続けていた過去を思い出してしまうからだ。
いまだって、パーラが殴りかかってきたのではないか、と脳が無意識のうちに判断して震えたに違いない。パーラがそんなことをするような者には見えないにしろ、トラウマはそうかんたんに克服できない。
「だったら寝ちゃいなよ! もっとキズナちゃんと喋りたかったけど、それはあしたでもできるしね!」
「ああ、ごめん。ありがとう」
「謝ることないよ~。それじゃ、またあした!」
「うん」
パーラに手を振り、キズナは部屋に入る。ベッドとテレビ、机と椅子、パソコン等が置かれている普通の部屋だ。
ロスト・エンジェルスは肌寒いからか、防寒設備もしっかりしていて、暖房と電気ストーブが設置されていた。
無課金ユーザーみたいな安っぽいワンピース一枚しか着ていなかったキズナは、ようやく暖かい場所で落ち着く。
「これでココアでもあれば完璧なんだけど。まあ、あとはシャワー浴びて寝るだけだし、これ以上要求するのもなぁ」
そんな独り言をつぶやき、メントから借りたモコモコしているパジャマに着替える。姿見も置かれてあったので、いま自分の身体がどうなっているのか確認しておく。
(なんか罪悪感湧くな)
着替えるのだから下着になるわけだ。ただ、シャワーと違って全裸になる必要はない。まず生まれたときの姿へなる前に、自分の新たな身体にある程度慣れてしまおうという算段である。
(めちゃ美脚だ。尻尾は矢印みたい)
前世と変わらないくらいの身長、162センチくらいのキズナだが、スラリと細くて長い脚を見れば、自身がスタイル抜群であることくらい知れる。
(でもパジャマがぶかぶかだ。めくっておこう。あと、尻尾は……こうだな)
部屋着の持ち主メントの身長が170センチ。ヒップサイズは(メントが大きすぎて)合っていないが、長さ的にはめくるだけで充分である。また、尻尾に関しては引っ張って半ば無理やり露出させた。
(胸、割と大きいな……)
そして、問題の上半身。白く安っぽいブラジャーが着けられていた。ついでに、あのふたりが言ったように背中には翼が生えている。
ただ、その30~40センチくらいの翼を動かせる感覚はない。これではコスプレみたいなものだ。
(って、どうやって翼をしまおうかな。胸周りキツイし、できれば出しておきたいんだけど)
と、翼の扱いに悩んでいたが、その問題は服に身を包んだ瞬間に解決した。
(直接背中から生えてるわけじゃないんだ。ホログラムみたい)
サキュバスの翼は3次元の写真みたいなものらしい。まあ、ここは魔術という概念があるようなので、そんな不思議な話でもないだろう。
「あー……、もう疲れたな。シャワー、あしたにしよう」
色々あった一日、着替え終わったキズナはベッドに身を委ねるのだった。
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