3 30秒目の合った者を蠱惑する程度の力

「……そうだね」


 ガラス張りの宮殿みたいな病院の前で、3人は誓い合った。


 *


 かんたんな精密検査を受けたキズナは、なぜか心療内科に案内された。パーラやメントいわく、異世界の記憶を持つ者はまず精神鑑定を受けるという。また、鑑定というと仰々しいが、実際のところは前世の記憶がどれくらい明瞭なのか、そしてこの国でどのような生き方をしたいのか訊くだけだとも。


「まあ、犯罪してるわけじゃないしね」


 とはいえ、どこか落ち着かないのも事実。患者の待合室から即座に個室へ案内され、キズナは大きく深呼吸し、ドアを叩く。


「失礼します」


 そこには、いかにもマッチョな壮年期の男性がいた。白衣の下からも分かる肉体美に、白髪交じりの医者である。


「緊張しなくて良いよ。形式上やらなきゃいけないことになってるだけだしな。ま、座ってくれ」

「はい」

「さて、まず名前と生年月日、出身国と何世紀かを教えてもらおう。まあ、あの子たちにはもう話してありそうだけどね」


 嘘をついても仕方ない。というか、嘘をついたところで意味がない。


「名前は館浜キズナで、2010年生まれです。んで、13歳で死にました。出身国は日本という東アジアの島国で、世紀は21です」

「よろしい。日本という国からの転生者は案外多いから、そんな心配いらないな。しかも21世紀生まれなら、この国ともうまくやっていけるはずだ」

「日本からの転生者が多いんですか?」

「探せばそれなりにいるさ。もっとも、20世紀からやってきてたり19世紀だったりするけどな」

「へー……」

「それでは次の質問だ。これから先は答えたくなければ言わなくて良いからな」

「はい」

「死因と死んだ理由を聞きたい。不運で死んだ、たとえば暴走した車に轢かれたのであれば、死因だけで構わない」


 パソコンのモニターには、めまいがするほどの速度で情報が埋め込まれていく。まだ出生を言っただけなのに、もう数十行に及ぶ文字が羅列されていた。

 キズナはやや怪訝な表情になるが、いかんせん文字が読めない身分だ。それこそ仕方ないと思い、死因をつらつらと語っていく。


「まあ、自殺みたいなものでしょうね」

「自殺? 具体的には?」

「中学でいじめられてたんです。サンドバッグ代わりに殴られたり、万引きを強要されたりと」

「陰湿な連中だな。殺してェくらい恨んでいるんじゃないのか?」

「まあ、そうですね」あっさり答えた。

「ただ手を出さなかったんだろう? 本当に殺してたら自殺なんてするはずないもんな」

「あんなヤツら、自分から刺すこともなく、いつか自滅するって本に書いてあったので」

「立派な心がけだ。さて、形式上はこの国でなにをやりたいのかヒヤリングして、この場はお開きになるんだけども、君にはひとつ特異点がある」


 医者はキズナに手鏡を渡す。キズナは表情筋を使うことなく、それで自分の顔を見た。

 赤みがかった短めの銀髪、緑色の目、潤った肌、羊みたいなツノ、目鼻口ともに整った顔立ち。


「病院に入ってきた時点で分かってたよ。君はサキュバスと人間のハーフに生まれ変わったということをね」マッチョな医者はにこやかに、「私も長く医者をやってるけど、転生者で魔族と人間の混血児は初めて見た。だからま、注意点だけでも訊いておきたいだろ?」

「注意点、ですか」

「そうだ。魔族の成り立ちから話すと君も疲れるだろうし、端的に言おう」


 すでにモニターへは数百行に及ぶデータが記録されていた。プログラミング言語を見ている気分になる。


「良いかい? サキュバスと人間のハーフはとても力持ちだ。君はその気になれば、この国のビル群を拳ひとつで壊せる。そして同時に、君は“チャーム”というヒトを蠱惑こわくする力を持ってる。まあ要するに、恋愛チートみたいなものだ。この世のほとんどすべての者は、君の目を30秒ほど直視するだけで、熱狂的な愛情を抱いてしまうのさ」


 それが故か、医者は定期的にキズナから目をそらしていた。“チャーム”にかからないためだろう。


「とはいえ、本物の淫魔のように悪意をもって色恋させようとは思わないだろう?」

「本物のサキュバスを見たことないですけど、まあそうだと思います」

「そこは人間の理性が悪意を取り押さえてると考えてくれ。淫魔は恐ろしい生き物だ。たった一匹で国ひとつが滅びかねないほどに」

「原因は分かるんですか? ぼく、誰かを恋愛的にも友情的にも好きになったことなんてない……ああ、いや、パーラさんとメントさんのことは友だちとして好きだけど」

「しかし、前世では誰かを好きになったことがないんだろう? 私はそこがトリガーになってると考える」医者は優しげな語気とは裏腹に露骨に目をそらし、「13歳といえば多感な時期だ。その大事な思春期をいじめで潰され、ついには自殺という形で殺されてしまった君は、それでも本質的に誰かに愛されたいという欲求があったはずだ」再び目を合わせてきた。


 そこまで言った医者は、なにやら本を差し出してきた。英語だかフランス語だか分からない言語でなく、列記とした日本語の本であった。


「君と同じ日本という国から来たヒトたちがつくった、サキュバスの研究書だ。だいたいの情報は載ってるし、なによりイラストが多くて読みやすい、ぜひとも読んでくれ。今後に役立つはずだ」

「分かりました」

「よろしい。さて、顔色がだいぶ悪くなってきたな。まだこの世界の酸素に馴染めてないようだから、呼吸器を出しておく。今後の展望は役所や私と話し合おう」

「ありがとうございます」


 キズナは一礼し、狭めの個室から出ていった。

 彼、基、いまとなれば彼女になってしまったキズナは、誰にも聞こえないであろう声でぼやく。


「そりゃ、誰だって愛されたいさ。でも、“チャーム”で手にした愛情が本物だとも思えない」

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