2 私たちは友だち!!
(異世界にもシートベルト着用義務はあるんだ)
フローラルな匂いが漂う軽自動車内では、さも当然のごとくカーナビもついていた。助手席のパーラと運転手のメントがシートベルトを着けたので、キズナもそれに従う。そして下をうつむき、できる限り気配を出さないようにする。
「ねえねえ、キズナちゃん!」
「なに?」
「こわっ! 語気めちゃ怖いよ、キズナちゃん!」
「ごめん」
「いや、悪意がないんなら良いよ! んでさぁ! ……なんだっけ?」
「パーラ、あれだろ。なんで21世紀から来たのに、サキュバスみたいなツノと翼と尻尾が生えてるのか知りたいんだろ?」
「え?」
豆鉄砲食らったような表情になった。メントは気にすることなく続ける。
「だけど、そういうのって検査しないと分かんねえらしいぞ?」
「あー、たしかに! まあ、あれだよ、キズナちゃん! 私も獣娘だし、この国じゃ尻尾と翼が生えてる子も珍しくないから大丈夫!!」
なんの話だかさっぱり分からない。サキュバスみたいなツノと翼と尻尾? キズナは男子であるはずだし、ましてや翼が背中かどこかに生えている、ついでに尻尾も生やしている自覚なんてない。ツノに至っては、そもそもどんな形なのかも分からない。
そのため、バックミラーで自身を視認しようと目を動かしたとき。
「シートベルト締めたよな? よし、行こう」
急加速が始まった。鏡を見ている余裕なんてないほどに。
その後、ふたりのガールズトークも頭に入ってこないまま、十数分で目的地にたどり着いてしまった。
「メントちゃん運転荒いよね~。高速道路でもないのに100キロ出したら駄目でしょ!」
「あたしが荒いんじゃない。ほかのヤツらが無駄に丁寧過ぎるのさ」
身体がグワングワンと地震のごとく揺れまくったキズナ。わずかな運転ですっかりグロッキーになっていた。
「ほら、キズナちゃんも車酔いしてそうだよ?」
「マジ? 悪かったな、キズナ。今度から気をつけるよ」
「う、うん……」
体感的に20分ほど前、車に轢かれたキズナは、こういう輩がいるから交通事故はなくならないのだろうな、と心の中で毒づくのだった。
パーラとメントいわく“市役所”の前。宮殿かよ、と喉元まで出そうになるほど立派な建物の前には、人工的な自然、街路樹が広がっている。そこにいる市民たちは、体操したりベンチにもたれて日向ぼっこしたり、あるいはプラカードを掲げてデモ活動を行ったりしている。
「すごいね。いろんな意味で」
「んー? なにが?」
「こんなデモ活動初めて見た。なんの抗議なのかは分かんないけど」
「政治的なものみたいだな。ま、良くあることさ」
両者とも気にせずデモ隊の隣を素通りしていくものだから、最前までグロッキーだったキズナも口をあんぐり開けるほかない。
とはいえ、現状このふたりしか頼れるヒトがいない。
だから恐る恐るデモ隊の隣を通ったとき。
「貴様ァ!! 淫魔だな!?」
突然怒鳴られた。そして男性の声に触発されたかのように、バンダナをマスク代わりにしている怖そうなヒトたちがキズナを取り囲む。
「淫魔はロスト・エンジェルスを堕落させた元凶のひとつ!! 罪人が我々の高等な抗議の邪魔をするなァ!!」
「そうだ! 失せろ、薄汚い化け物め!!」
「人間の言葉も話せないのか!? 腐りきったゴミ袋のような女だ──うぉッ!?」
そんな罵声たちは、一瞬で消え去った。黒い矢印のような現象が彼らに当たり、たったそれだけで、小規模な爆発を起こしたからである。
「おうおう。てめえら、あたしの友だちになにしてくれてるんだ!?」
憤怒に染まるメントがそこにいた。爆発音と大量の人間に囲まれたことで、顔色がさらに悪くなったキズナを守るための行動だったのであろう。
ただ、そこでキズナの意識は途切れた。色々と限界だったのは否めない。
*
「はッ」
次の瞬間、キズナは救急車らしき乗り物のベッドに横たわっていた。狭い車内の隣には、パーラとメントがいる。
「あっ、キズナちゃん! 大丈夫?」
「ああ、うん。夢にしちゃリアル過ぎて、ようやく異世界に来た気になれたよ」
「大丈夫そうには聞こえないな……」
わずか脳裏に浮かんでいた、いま起きていることは夢のひとつだという推測は、完全に打ち破られた。
「でもま、この状態だったら一応精密検査受けて終わりだろ。ですよね?」
「そうなるでしょうな」
レスキュー隊らしきヒトは端的に返事した。
「しかし、異世界人でありながら、サキュバスの肉体を持つ存在がいるのは驚きですな」
「多様化の時代だし、ないことはないですよ!」パーラが答える。
「それもそうですな」
あずかり知らぬところで話が進んでいたようである。パーラ、メント、レスキュー隊の3人は納得していて、されど当人であるキズナはまるで現状を飲み込めていない。
「あのー、いったいなにが起きたの?」
キズナは首を動かしてメントの方を向く。
「気色悪い連中がオマエのこと殴りそうだったから、あたしが魔術で先にぶっ飛ばしといた」
「え、それって暴行罪じゃ──」パーラがキズナの言葉を遮り、「大丈夫だよ、キズナちゃん! あんなの正当防衛に決まってるもん!」
「そ、そうなんだ」キズナはやや慄きながらも、「でも、ありがとう。メントさん。日本だったら見て見ぬふりされて終わりだったから」
「そりゃ薄情だな。友だちも助けてくれなかったのか?」
「友だち、いなかったからさ。ずっといじめられてたんだ」
「あっ、悪かった……」
謝られてしまった。しかし、事実を陳列しただけなのに、すこし悲しそうな表情になってくれたふたりは良いヒトだ。
そして病院へたどり着いたようである。別に立って歩けるので、キズナは担架を断り、ガラス張りの病院へ歩いていく。
「なあ、キズナ」
そんなキズナに、最前気まずそうに押し黙っていたメントが声をかける。
「転移だろうが転生だろうが、元の世界へ戻れないことには変わりない。でも、ヒトは生きてる限り一人ぼっちなんてことはないからな。だから、その」
「私たちを信じて! キズナちゃんが悪い子でないように、私たちも悪いヒトじゃないからさ!」
キズナはしばし押し黙り、「うん、もうすこしだけヒトのことを信じてみるよ」と頷いた。
「うん! 信じて頼って! 私たちは友だちなんだから!」
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