第2話 ひろいんなの!
早朝から、「
彼らはみな、担当しているアトラクションや店舗の管理と運営をオーナーから
アヤメも
「そういや、うちの責任者ってだれなんだろうねえ」
と、アヤメ自身が首をひねるありさまだった。
番町皿屋敷の主役は一応、お菊ということになってはいる。が、だからといって
「なんだかんだ言って、根っこは十三歳の
ではジーナはどうかというと、穏やかな口調と
「となると、やっぱりあたいしかいないんだよねえ、これが・・・」
しぶしぶとそう結論づけるアヤメだが、本心はまんざらでもないのだった。
「
という具合に
「おはよ、アヤメちゃん!」
「今日のお着物もステキね、アヤメさん」
「よ! 菖蒲
などと
「アヤメさん、今度の週末、着物の着つけ、お願いできる? 友だちの結婚式に着ていきたいの」
「あいよ。まかせときな」
「アヤメちゃん、今度はうちのレストランに寄ってくれよ。ご
「そうかい? じゃ、お言葉に甘えようかね」
などと、たのみごとや誘い文句まで飛びだして、それらに笑顔でひとつひとつ答えるアヤメの周囲は一気に
彼らはみな、ろくろ首のアヤメのことを二十歳くらいの人間の女性としか思っていない。
それは大変な苦労の末の成果だった。
どんな苦労があったかというと、お化けのアヤメは
そこで思いついたのが「アヤメ
説明しよう。アヤメ襲名大作戦とは、
そして、アヤメという名前は先代のろくろ首役から襲名したということにして、先代とは別人の二十歳のアヤメを演じなおすのだった。
化粧を工夫し、着物をかえてしまえば、これが結構、バレないのである。
この襲名を五年周期でくりかえしているので、今のアヤメは九代目ということになっていた。
「よ! 九代目!」
「先代もよかったけど、九代目も、またちがった華があっていいねえ」
そのように言ってくれる同僚たちに笑顔をむけながら、アヤメは「初代からずっとあたいだよ」と内心で
そんなわけで、アヤメは本物のろくろ首であることを
アヤメが
中年の女性で、見知った顔だった。
アヤメは招かれるままに近づき、挨拶した。
「木戸さん、おはよ。腰痛はもうなおったのかい?」
「うん、もうバッチリ」
そう言って、右手の人差し指と親指をまるくつなげてニッコリと笑ったのは、コーヒーカップを担当している木戸という女性だった。
番町皿屋敷とコーヒーカップが
「そんなことより、聞いた? アヤメちゃん」
アヤメが彼女の隣の席につくなり、木戸はそう切りだしてきた。
「なにをだい?」
「新しいオーナーの噂よ」
「いや、ちっとも聞かないねえ。どんな噂だい?」
興味はなかったが、アヤメは
木戸が、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、楽しそうに声を弾ませる。
「なんでも、倒れたオーナーのお孫さんらしいわよ。ほら、
「ふ~ん」
人間たちの経済活動に
「菖蒲園ゆうえんち」が日鷺院グループという大企業の
「ま、切れ者だろうが、
おそらくこの発言は、アヤメのみならず全従業員に共通した思いであったろう。今のところ「菖蒲園ゆうえんち」はうまくまわっているのだから余計なことはしないでほしい、と。
だが、アヤメたち従業員の願いは
突然、黒服姿の男たち数名に囲まれて、真っ赤なビジネススーツに身をつつんだ若い女性がヒールをカツカツと響かせながら会議室に足を踏みいれてきた。
その瞬間、従業員たちの
あの
女は
目もとに他者を
「おはようございます。このたびは、急なお呼びたてにもかかわらず、朝早くからお集まりいただきまして、まことにありがとうございます」
感謝の言葉を
そんなアヤメの人物
「まずは自己紹介をさせていただきます。わたくしは、日鷺院グループのCOOならびに国内事業部ゼネラルマネージャー
会議室がざわめいた。たしかにピンとこなかったのである。
「ようするに──」
日鷺院那乃があきれたような口調で言いなおした。
「
『おお~』
今度は会議室にどよめきがひろがった。やっとみんな理解したのである。
「本日、みなさまにお集まりいただいたのは、オーナーとしてのご挨拶のほかに、もう一点、当遊園地における経営方針の重大な変更を申しあげるためです」
ふたたび会議室がざわめく。今度は不安からだった。
それが静まるのをまってから、日鷺院那乃が口をひらいた。
「
「なんだか
「アヤメちゃん、しッ。聞こえちゃうって」
うんざりしたアヤメの声が大きかったせいか、隣の木戸に小声でたしなめられた。
が、アヤメは聞こえるように言ったので気にしない。
「もっと、わかりやすく話してくれないもんかねえ」
アヤメの
「・・・よろしいですわ。では、あなたのような方にもご理解いただけるよう、レベルをさげてお話いたしましょう」
「カンにさわる言い草だね」
口を
「今までは祖父の気まぐれ・・・コホン・・・失礼。祖父のゆとりある経営方針のおかげで、お客さまのニーズに応えられていないアトラクションや店舗が野放しにされてきました。しかし、このわたくしが経営にあたる以上、そのような不良コンテンツはすべて破棄し、改善してまいります」
「その破棄、改善ってのは、具体的にはどういうことなんだい?」
腕を組んでふんぞりかえりながらアヤメが
「言葉どおりですわ。消しさって、別の新たなものにつくりかえるのです」
「なら、不良コンテンツとやらは、なにを基準に判断するんだい?」
「数字ですわ。これ以上のたしかなものはございませんからね。そして、わたくしどもの事前調査によれば──」
日鷺院那乃がアヤメのことを睨みつけるように見つめたまま左手を横に差しだすと、黒服のひとりが彼女の手に薄いタブレット型のコンピューターを渡した。
それを
「インド料理レストラン『辛いゾウ』、茶屋『まっちゃっちゃ』、釣り堀『おいてけぼり』・・・店名についても色々と申しあげたいことはございますが、それよりも、この三店舗は他店とくらべて年間売上が極端に低いですわね」
アヤメがちらりと見ると、落ちこぼれとして
(なにも大勢の前でつるしあげることはないだろうにッ・・・)
そんな怒りが、アヤメのなかでふつふつと溶岩のように
「そして、きわめつけが──」
日鷺院那乃はさらにだれかをつるしあげる気のようだ。
さすがに
「『番町皿屋敷』」
「へ?」
「どうやらお化け屋敷のようですが、月間で来場者数が
「・・・・・・」
「責任者はどなたかしら?」
知っていながらの問いかけであるのは明白だった。怒りにまかせて勢いよく立ちあがったはいいものの、なにも言えなくなってしまったアヤメに対して、勝ち
「先に述べた三店舗に関しては、まだ改善の余地が見うけられます。そこで、わたくしが
さらりと言ってのけたあと、日鷺院那乃が
「ところで、そこのあなた。なにかおっしゃりたいことがあって立ちあがったのでしょ? さあ、どうぞ。おっしゃってくださいな」
会議室にいる全員の視線がアヤメにそそがれる。
そのプレッシャーをいやというほど感じながら、アヤメはどうにか声をしぼりだした。
「あ、ああ~、えっと~、その・・・価値がないっつうのは、ちょいと言いすぎのような気がしなくもなくはなくはない・・・いや、どっちやねん! なんちゃって、あっはははは・・・はは、は・・・」
ひとりでボケてひとりでつっこみ、ひとりで笑うほど動揺しているアヤメは自分でもなにを言っているのかわかっていなかった。
日鷺院那乃がくすりともせずに
「あんなお化け屋敷にも価値があると、そうおっしゃりたいのですか?」
「そそそそそ」
我が意を得たり、と言わんばかりにアヤメは何度もうなずき、本来の調子をとりもどした。
「この世に存在してる以上、どんなものにだってなにかしらの価値があるってもんだろ? ちがうかい?」
だがアヤメの精一杯の言いわけも、日鷺院那乃の
「価値とは、証明して初めて認知されるものです。証明なくして価値の主張はあり得ません。あなた方にそれができますか?」
「・・・どゆこと?」
「一ヶ月だけ
「・・・できなければ?」
おずおずとたずねたアヤメにむかって、日鷺院那乃はすました顔で平然と言い放った。
「従業員もろとも、この遊園地から消えていただきます」
「なッ・・・」
これは、アヤメたち皿屋敷の面々に対する死の宣告も同様だった。
「遊園地からでていけ」というのは、アヤメたちにとって単なる解雇とはわけがちがうのだ。
現代人の行動
皿屋敷をつぶされ、遊園地から放りだされれば、アヤメたちが彼らの目につくのは時間の問題であろう。
そのため日鷺院那乃の通告は、アヤメたちにとって「死ね」と言っているのと同じだった。彼女がそこまでの殺意をこめて放った言葉ではなくとも、うけとった側は深刻にならざるを得ない。
自分のみならず、皿屋敷の仲間たちまでもがそんな危険な状況に追いやられることを考えただけで、アヤメは、今すぐ首を伸ばして
が、その
「おまえさん、本気で言ってんのかい?」
かつて、これほどドスの
それほどまでにアヤメの表情と声には
今まで堂々としていた日鷺院那乃ですら、アヤメの気迫におされてたじろぎ、半歩、
だが、彼女は背後にひかえていた黒服に支えられるようにして体勢をととのえなおすと、ふたたび顎を軽くもちあげて応戦してきた。
「あいにくと、わたくし、冗談はきらいですの」
この言葉の
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