ネネ
あたしはネネ(二十ニ歳)職業フリーター。
家の近所にある喫茶店でバイトをしている。
そんなあたしに、ある日突然、運命の出逢いが訪れた。
窓際の席。彼は履歴書を書いていた。とても真剣な眼差しと横顔に、あたしのハートは射抜かれてしまったのだ。
トイレに立った彼を観察する。高身長で痩せ型。正面から見た顔もイケメンだ。
彼が会計を済ませて自動扉を開く。ここで逃したら二度と会えないかも知れない。あたしは「頭が痛いので帰ります」と嘘をつき、急いで彼の後を追った。
彼は近所のファミリーレストランの前で暫くウロウロした後、中に入った。
先ほど彼が書いていた履歴書を思い出す。彼は、ここで働くのかもしれない。と予感した。
ある日の夕暮れ時、レストランを見張っていると彼が現れた。
初めて逢った日と同時刻。ガラス越しに店内の様子を伺う。あたしのカンは見事に命中、彼はこのレストランで働いていた。
よしっ!平手を拳に変え、私は客として店内に入ることを決意。
デブでブスの店員に案内され窓際の席に座る。間もなくするとデブスがお冷とお絞りをテーブルに置いた。なんか、ガッカリだ。
オーダーは彼に来て欲しい。あたしは願いを込めて呼び出しボタンを押す。
願いは届かず、またデブスが現れた。注文を済ませテーブルに頬杖をつくあたしの目は、ずっと彼をロックオンしている。モロに見てるとバレるので途中からスマホを取り出した。
スマホを見ながらチラリと横目を彼に流す。すると彼に接近するデブスが見えた。デブスが彼と会話をしている。彼は楽しそうだ。その光景に、あたしのイライラメーターが上昇した。
ハンバーグセットが運ばれてくる。やっぱりデブスが運んできやがった。戻ったデブスに彼が話しかける。デブスは彼をリヒト君と呼んでいた。
リヒト君。あたしは彼の名前をゲット。
午後十時、仕事が終わったようだ。電信柱から片目だけ出すあたしの前にリヒト君が現れた。
あたしは彼に気付かれないよう、間隔を開けて尾行した。
でも、少し経つとリヒト君の様子がおかしい事に気付く。彼は時おり電信柱に身を隠すようになる。隠しているというより、電信柱に寄りかかり休んでいるのか?
どうやら彼は、長い時間、持続して歩けない虚弱体質のようだ。
暫く後をつけているとリヒト君が止まった。彼の前方には二階建てのアパートがあった。
(誰か知り合いが住んでいるんだろうか?)
彼はアパートの一階に設置された集合ポストに歩く。少し背中が止まった後、また歩きはじめた。
近くのコンビニに入る。あたしは電信柱の影で待つ。間もなく彼が白いレジ袋を片手に出てきた。
リヒト君は、再びあのアパートで足を止める。
何やら集合ポストの前で妙な動きをした後、こちらを向いた。
(やばっ!)あたしは慌てて民家の塀に隠れる。塀からそっと目だけを覗かせると、リヒト君が通過して行くのが見えた。
(さっきまで提げていたレジ袋がない)気になったあたしはそろっと路上に出ると、集合ポストまで走った。
ポストを端から開けてみる。すると201と表記されたポストにレジ袋を発見。袋の中身を確認。中にはサンドイッチが入っていた。中身はハムタマゴ。
瞬間、あたしは感動した。このアパートには、きっと彼の友達が住んでいるのだ。その友達は伝染病で苦しんでいるに違いない。そんな友達にサンドイッチの差し入れ。リヒト君は心の優しい人だ。
さて、リヒト君を尾行しなきゃ、彼が歩いて行った方向に顔を向ける。しかし、ここで重大な問題が起きた。リヒト君を見失ってしまったのだ。
(レジ袋の確認なんてしなきゃ良かった……)
俯き加減で、とぼとぼ歩くこと十分。あたしは駅前を通過しようとしていた。と、その時、何気に振った左目の端に奇跡が起きたのだ。
駅の改札口に向かうリヒト君を発見。あたしは歓喜を両手でムギュッと抱きしめて後を追った。
電車に乗る彼を少し離れた場所からチラ見。前からも横からもカッコイイ。
見惚れていると駅に到着、彼が下車する。あたしは絶対にリヒト君を見失わないように、さっきより距離を縮めて尾行した。彼は一瞬だけ足を止めて空を見上げる。今日は見事な満月。
歩くこと十分弱、リヒト君が明かりのついた一軒家に入って行く。
あたしは玄関扉の開閉音を確認後、家の前に立った。
表札を確認すると【櫻葉】と書いてある。
あたしはポストを確認してからコンビニに歩いた。
彼が友達にした優しい気持ちを、あたしも彼にあげたいと思ったからだ。
あたしは同じモノを購入すると、また彼の家の前に戻った。
長細いポストのフタを開いてサンドイッチを忍ばせる。リヒト君が食べてくれれば良いな、と思った。切ないこの想い、どうか伝わって欲しい。
帰り道、あたしはもう一度空を見上げる。満月には、願いを叶える効力があるとかないとか、ネトゲの友達に聞いたことがあったっけ。
あたしは月に願いをかけた。
(どうかリヒト君から愛されますように)
そして、あたしは今日も彼を尾行している。
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