第31話 ガラスの心
何があったのか知りたいが、青い顔で横になる白石を見てたまらなく切なくなった。
入社した時からあまりにも個性がなく、存在そのものがないような白石の雰囲気に、
興味が沸いた。その時はただ、どんなやつなんだと、知りたいだけだった。
入社時の成績も良かったし、綺麗で丁寧な字が印象的だった。
「どうなんだ?」
「今は眠っているから後でね」
「大丈夫なのか?」
「心配なのは分かるけど、女の人は、男の人に寝ているところを見られたくないものなのよ。報告するから今は部署に戻って」
「頼むよ、本当に」
「私は医者よ」
大学時代に知り合った植草は、偶然にもファイブスターの産業医になっていた。
大学を卒業したあと、大学病院に勤務していたが、結婚をして子供が生れてから総合病院の医者になり、現在はファイブスターの産業医となった。
「現役の医者であり続けるには、現役が一番だけど、今は子育てを優先したい」
と言っていた。
白石の様子がおかしいと思ったのは、休憩後すぐのことだった。顔色が悪く、気分が悪そうで心配だった。
上司として声をかけるのには問題はなかったが、行動に移す前に彼女はどうやら早退を申し出たようで、デスクから消えていた。
「係長、白石さんは?」
「体調がすぐれないと言って、早退しました。顔が真っ青だったので心配なんですが」
「そうですか」
白石が帰ってからそんなに時間はたってない。今追いかければ追いつくはずだ。
「悪い、少し席を外す」
上司らしからぬ行動だったが、どうにもならなかった。
一気に下まで降りて周りを見渡したが、白石の姿はない。
「もう駅か……?」
一足遅かったかと思ったとき、社用のスマホが鳴った。
「なんだよ、こんな時に」
仕事だ、仕方がない。
「はい、大東です」
「医務室の植草です」
「ああ、お疲れ。どうした?」
「白石さんが来たの。今眠ってるわ」
「すぐ行く」
五代と植草には、彼女の話をしていた。サラリーマンである以上、業務指示には従わなければいけないが、転勤命令が彼女に出ている訳でもないのに、俺が付いてきなさいと言ったところで、付いてくる訳がない。
白石に対して恋愛感情を持っているのは俺だけで、白石は上司としか見ていない。そんな状況なのに、アメリカに行こうなんてハードルが高すぎる。
いい大人が恋愛相談をするなんて馬鹿らしいとか、アメリカという遠く離れた場所に行く俺に、そんな悠長なことは言っていられなかった。
白石の様子も聞きたくて、二人には話していた。
「白石は?」
「静に……眠っているわよ」
「そんなに体調が悪かったか?」
「彼女がいるから詳しい話はあとでね。心配していると思って連絡したの。とりあえず報告だけ」
「ああ、ありがとう」
カーテンで仕切られた中に白石はいる。俺に出来ることがあれば、何でもしてやる。
この出来事があって更に俺は、白石を支えてやりたくなった。
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