第32話

俺は白石が帰った後で植草に電話をした。


「守秘義務があるんだからね。それ、分かってる?」

「ああ、感謝しているよ」


植草にはさせてはいけないことをさせてしまった。こんなことをさせないためにも、俺が白石に聞くと言ったが、


「ダメに決まってるでしょ!」


と、一喝されてしまった。


「社長とも話していたんだけど……」

「なんだ?」

「大東さんさ、片思いの最中なんだけど、大東さんは両想いだと思ってないか……てこと」

「そんなこと一ミリだって思ってないけど?」

「遠慮しがちに誘ったりしてるのは知ってるけど、話だけ聞くと、白石さんと付き合ってる風に聞こえるのよね。それってさ妄想と願望が分からなくなってない? 大丈夫?」

「なんだと? 危ないとでも言いたいのか?」

「そう」


まったく人聞きの悪いことを言って、白石一筋だと言ってほしい。


「社長と言い、大東さんといい、一人の女性を思い続けるなんて、男って純粋ね。顔からは全く想像できないけど」

「本当にズバズバ言うな」


俺と五代は似ているところは何処もないと思っていたが、植草が言うように、同じ女をずっと思い続け、一筋で、純粋な所は似ているかもしれない。


「冗談は置いといて、白石さんの病気ね……」

「ああ、なんだ?」

「過呼吸……過換気症候群と言ってね」

「ああ……なんだか聞いたことはあるな」

「今回倒れた原因はそれなの。過呼吸は、心に抱えている恐怖や不安、精神的ストレスで息を何回も吐いたり吸ったりする状態のことなんだけど、この症状になる人は、なにか抱えている人が多いのよ」

「それって重病なのか?」

「そういうものでもないんだけど、とにかく凄く呼吸が苦しくなるの。彼女を帰すときに、ビニール袋を渡したんだけど、過呼吸になったらそのビニールを口にあてて呼吸をすると症状が和らぐの」


呼吸が激しくなるだけなんだろ? それで倒れるのか?


「倒れるほど、苦しいのか?」

「そうよ、水の中で息を止めるよりも苦しいの。何とか呼吸をしなくちゃと思っても、呼吸が早くなるばかりで、吸えない状態になるし、次第に身体に痺れが出て指が硬直したような状態になるから、本人は凄く怖いのよ」


俺は、いや、俺だけじゃなく人間は当たり前のように呼吸をしている。運動をしたあとは呼吸が苦しくなることも知っているけど、身体にそんな変化が現れるような呼吸があるなんて思いもしなかった。


「……あいつは……白石はこう言う状態になる辛い原因があるってことか?」

「そうよ」


辛い経験を抱えて、こんな症状と戦っている白石に、どうしてこうなったなんて、迂闊に聞けるわけがない。

じゃあ、俺は? 俺はどうしたらいい?


「俺はどうすればいい」

「大東さんは白石さんを助けてあげたいと思っていると思うけど、悪いことは言わないわ。彼女は諦めたほうがいい。これは医者としての助言じゃなく、友人として言ってるの」

「なんで」


俺は自信がある。今だって少しずつ心を開いてくれていると感じているのに、それは違うのか?


「手入れの行き届いた指先、艶のある髪は綺麗にまとめてある。でも、この暑さで首元までしっかりとブラウスのボタンを閉めて、長袖に長ズボンを履いているし、人の目を見ないでいつもうつ向いている。無表情で自分から壁を作って、人を寄せ付けない雰囲気は普通じゃないわ」



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