第28話

「食べないのか?」

「はい」

「手を付けていないようだが、腹は減っていないのか?」

「大丈夫です」


本当はお腹が空いてしょうがないけれど、食べられないから仕方がない。部長が歓迎会に戻ってくれれば解決するのに、このパターンではいつも私が貧乏くじを引く羽目になる。だから、そっけなくして断るしか方法がないのだ。


「最後まで参加せずに申し訳ありませんが、お先に失礼します」

「少しだけ、少しだけでいいから俺の話に付き合ってくれないか?」


本音は帰りたかったけれど、拒むことも出来きない優柔不断さ。私はゆっくりと頷いた。


「上の方だけしか見えないけど、東京タワーが見えるだろう?」

「はい」

「東京タワーを見た時、帰ってきたな、と思ったんだ。なんだかんだ言っても東京タワーはいいよな」


日本から出たことがない私には分からないけれど、長く離れていた部長には感慨深いものがあるのだろう。


「だいぶ中は変わったか?」

「それほどでは。お茶の当番がなくなったくらいです。コーヒーマシンは一度点検と修理をしましたが、まだまだ現役でおいしいコーヒーが飲めますし」

「白石はコーヒーが好きだからな。良かったよ」

「……はい」

「それと……」

「はい」

「産業医だけど」

「……はい」

「診察に来てくれと依頼があったぞ」


私は面倒で行かなかった訳じゃなくて、行けば思い出したくない過去を話さなければいけなくて、それが嫌でわざと行かなかった。

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