第11話

「はあ、はあ」


トイレに駆け込んで呼吸を整える。会社であの症状は出したくない。深呼吸して、違うことを考えて、落ち着こう。

トイレでそんなことをしていると、女子社員たちが食後の歯磨きにやってきた。


「大東部長だけど」


部長の噂話だ。


「すごくない?」


一斉に同じことを言った。


「厳しそうだけどあの容姿!20代くらいならイケメンと言ってもいいけど、30代半ばの大人でしょ?なんていうか」

「ハンサム!」

「古くない?」

「ハイスペック!」

「それいいかも。仕事も出来て年収もいい、出世は間違いないし、なおかつ独身」

「彼女はいるんじゃないの?あれでいないのはおかしいわよ」

「そうよね~。あ、彼女と言えば白石さん」


私のことだ。なに? 何を言うの? 悪口は言われないはず、だって存在を消して仕事をしていたんだから。何かあるの?


「部長と親しいのかな? 白石さんはいつも通りだったけど、部長の目が優しい気がした」

「赴任そうそうそこまで読む? 凄い観察眼ね」

「だってずっと見ていたい顔だしさ、鋭い系の目つきだけど、白石さんと話をしている時はアーモンド型になってたもん」

「穴があくほど見つめてたのね」

「ふふ・・・いい男は辛い仕事の中の癒しだから」

「白石さんは部長のこと知ってるんでしょ? だからよ」

「そうよね・・・。ねえ、ねえ、でもさ、白石さんと話したことある?」

「あるわよ、申請とかお願いしたりするし」

「そうなんだけど、それだけでしょ? これだけながく一緒にいたら、少しはプライベートなことを話してもよさそうだけど、話しかけられたこともないし、なんだか不思議な人よね」

「でも、優しい人だよ?」

「そうなんだけど、この暑い中で長袖のブラウスとパンツだよ?暑くないのかな?」

「日焼けしたくないだけじゃない?色白な人だから」

「あ、時間やばいよ!」

「ほんとだ」


ばたばたとトイレから出ていき、静かになった。


「は、は・・・っ」


やっと落ち着いてきたのにまた、呼吸が激しくなり始めた。噂話にもあがらない、存在、記憶、そのすべてで私が存在しないことが望みなのに、どうしてこうなるの?私が望まないことなのに、部長がいるせいで、私まで巻き添えになっている。



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