最終話

 どちらが言い出した訳でもなく真昼の空の下を歩いた。時折り、背後から吹き抜ける乾いた風が気持ち良かった。

 前を歩く骨刃警視に尋ねる。


「二人は交際していたんでしょうか?」

「してなかったと思う。交際していたら、道上達は都筑の自宅まで漁って、サマエルを取り戻してたんだろうから」

「もし、二人が気持ちを明かしていたら、と思います」

「恋愛でも友情でもない、尊い繋がりが二人の間にはあった。それだけを彼が覚えていればいいと思う」


 こうして歩いていると、あんな出来事がすべてなかったような気さえする。


「これで、ようやく事件が収束したと思っていいですよね?」

「そうだね」

「こんなに長く感じる事件は、もうないと思います」

「多くの人が多くのものを失った。全てが取り返しのつかないものだったから、長く感じたんだ」

「警視は頑張りましたよ、これ以上ないくらい。これから、少しは身体を休めてくださいね。心配なのはそれだけです」

「うちの母親みたいなこと言わないでよ」

「ご実家には連絡してるんですか?」

「してない。最後に電話してから……多分、一年経つ」

「久しぶりに、帰ったらどうですか?」

「考えとく」


 我ながらお節介だ。交際してもないのに、今は彼女への心配事ばかり頭に浮かぶ。

 胸ポケットに、辞表が入っている。昨日の晩、コンビニで一式買ってしたためたものだ。決心がついたのは瀕死の都筑を見つけたときだった。


「この前、嘘をつきました」


 骨刃警視が立ち止まる。振り返り、僕の目を真っ直ぐ見る。相変わらず、綺麗な人だ。我儘なのか思いやりがあるのかわからない。どの彼女も本当だから支えたいと思った。

 耐えられず、僕は目を逸らした。


「言ったじゃないですか? どこまでも骨刃警視についていく、と。ですが、一緒にいるのは今日で最後にしたいと思います」

「は?」


 一世一代の告白をしたはずなのに、骨刃警視は楽しみにしていた連続ドラマが野球中継の延長で放送していなかったときのような顔で僕を見た。


「リアクション、弱くないですか?」

「そりゃあ、一緒にいたら、辞めようとしてる、ってわかるでしょ?」

「それなら、引き留めたりしますよね?」

「言ったじゃん。嘘にすんなよ、って」

「いや、決めたんです。僕の決心は固いですからね」

「いつからミツロウに進退を決める権利があるって勘違いしてたの。まったく、何かと思った」


 単純な計算ミスを指摘するように言って、また歩き出してしまう。

 僕は呆気に取られていたが、我に返り後を追う。


「そんな道理が通るわけないでしょう?」

「私がヒーローやってるうちは、どんなにクソな仕事でも続けてもらう。いつか常人化するサマエルが世界に流布したとき、全ての亜人が能力を手放すわけがない。核と一緒、現実はシビアなの。そうなるのが目に見えてるのに、私はヒーローも警察官も辞められない。ミツロウだけ、辞めるなんて許すわけないでしょ?」

「もっと真摯な言葉で引き留められないものですかね?」

「私の中ではこれが一番熱い感情だから。あんただけズルい、って」


 なんて我儘なのだろうか、この人は。


「世界中の人に伝えたいですよ。あの髑髏剣姫は、職場では途轍もなく横暴だと」

「一緒に伝えといて、仮面の下はけっこう綺麗だって」

「自分で言いますかね」

「むしろ、自分で言っていかなきゃ」


 くすくす笑いながら骨刃警視が言うと、今度は何か企んでいるときのにやついた顔になる。僕の首を腕で締めるような体勢で僕を引き寄せ、僕の耳に囁いた。


「最高の相棒と組んでる、ってことも忘れずに」


 不格好な姿勢のまま、最高の先輩の言葉を受け止めた。胸からどくどく溢れ出すものの正体に気づく前に、涙が止まらなくなった。


〈了〉

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ヴィランキラー・キラー事変 十野康真 @miroku-hanka

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