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 怪人化した彼は、たった三十分で討伐された。亜人だった頃よりも弱体化していたからだった。

 Tubeeの映像は、国際英雄機関の新たな運営本部長の判断で配信用サーバーで止められていた。国際英雄機関と警察庁上層部の間で密約が交わされ、スマイルは再び失踪したことにされた。

 事変後、スマイルの自宅に再度捜査員が訪れたとき、一つだけ失くなっているものに気づいた。怪人化した美紀の眼球だ。

 怪人化した美紀と酷似した姿形になった理由に見当がついた。

 スマイルが嚥下したカプセルの一つには、今も蠢く眼球から得たウイルスが入っていたのだろう。ウイルスの特性については多くが不明のままだが、このような反応の生じる可能性は否定できない。

 貧乏揺すりで椅子の軋む音、舌打ちが亜怪対をこだまする。

 とても解決を祝うような雰囲気とは言えない。理由は明白だった。宮司課長が局長に呼び出されたかと思うと、肩を落として帰ってきた。


「サマエルや真犯人については公表せずに、会見を行うそうだ」


 課長は申し訳ない、と頭を下げた。

 少なからず、こうなることは予想していた。けれど、今回に限っては期待を裏切ってくれるはずだと皆どこかで思っていたのだ。

 鬼塚は鍵付きの抽斗から紙タバコを握って部屋を出ていった。一年以上禁煙を続けていた彼も今回ばかりはやり切れなさに耐えかねたらしい。

 靴底を擦り減らし、自分たちの有限な時間を費やしたことが無になる。それよりも、サマエルを中心とした事実を公にしないという大罪に与している自分達に無力さを感じていた。

 この様子では、僕への処分も有耶無耶になるだろう。問うべき責任を隠蔽するため、処分だけくだすのは道理に合わないからだ。

 僕のせいで、西宮は死んだ。そのことを誰かに激しく詰られ、責め立てられた方がよかった。自分の裁量で、自分を罰しろというのなら、際限がない。

 眼鏡を外し、目に見えない泥を拭うように何度も自分の顔を擦った。

 窓ガラス越しの夜空を背にした骨刃警視が僕を呼んだ。眼鏡を掛け直して、彼女のあとをついていくと、人気のない休憩スペースで、骨刃警視が切り出した。


「事件について、気になることがある」

「まだ解決してないって言うんですか?」

「ううん。犯人は西宮とスマイルで間違いない」

「じゃあ、何なんです?」


 骨刃警視は襟足のあたりを掻きながら言った。


「警察が隠蔽を決めたことで、苦しみ続ける人が一人いる」


 そうか、骨刃警視はまだ自分を諦めていない。僕はなんと情けないのだろうか。うじうじと、自分のことばかり考えている。


「できれば、直接会って、話したい。捜査は打ち切りになったから――」

「行きましょう、すぐに。溜まっている有休を使えばいいですよ」

「ちょっと、私が一人で行くって言おうとしたのに。ミツロウまでついてきたら、あんたの有耶無耶になってたことも合わせて重い処分になる可能性もあるんだよ」


 骨刃警視が人差し指を僕の胸に突きつけた。

 僕はその手をそっと掴んだ。


「構いません、そんなことは。警視がそうしているように、僕にできることなら何でもします」


 骨刃警視は長くため息をついてから、手を引いた。


「わかった。じゃあ、ついてきて」

「はい。どこまでだって」


 言うと、骨刃警視が悲しそうに微笑んだ。


「嘘にすんなよ、その言葉」

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