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 暴力団対策課に顔を出し、組員に話を聞けるように取り計らってもらおうとしたのだが、何やら朝から怒号が飛び交っていた。

 まだ見つからないのか、と強面の男が強面の男に叱咤している。寝ぼけていたら間違って組事務所に立ち入ってしまったのではないかと誤解しそうなほど、屈強な男性が揃っていた。

 僕が気圧されているのを他所に骨刃警視がつかつかと彼らの輪の中に立ち入って、亜怪対です、と告げた。


「例の国際英雄機関の研究員を山中に埋めた組員に事情を訊きたく。急ぎ、どなたか案内してほしいのですが、この騒ぎは何事ですか?」


 屈強な男性に囲まれても物怖じせずに、良く通る声を発するので、むしろ普段ヤクザを相手にしている刑事達の方が呆気にとられていた。


「……いや、まさにその件だ――です。死体処理を請け負っていた組員らの中で、研究員を埋めたとされる組員が姿をくらましているんです」

「失踪はいつから?」

「六月二十九日です。二人の構成員を連れて飲み歩き、朝方になって別れてからは組員の中にもコンタクトの取れた人間はいないそうでして。柳という組員なんですが、敵対する組とシノギの縄張り争いで揉めていたようでして、柳はもう土に埋められているやもしれません」


 血腥い話だ。しかし、本当にヤクザ同士の衝突によって柳が殺されたのだろうか?

 一つの仮説が頭に浮かべながら訊く。


「柳の体格はわかりますか?」

「平均的な、さして特徴のない体型でしたね。前に暴行でひっぱったことがありますから、この目で見ております。間違いないですよ。身長も百七十ぐらいでした」


 骨刃警視を見ると、顎に手を当てて思考の海に入っている。彼女は何も言わず、突然走って出ていった。僕は目を丸くした刑事達に頭を下げ後を追った。

 エレベーター前で僕がようやく追いついて、


「骨刃警視、どこへ?」


 訊いても返答はない。

 これは、だいぶ深く潜っている。岸から覗くことしかできない僕は、思考の海の黒さに畏怖するだけだった。

 骨刃警視は亜怪対のデスクに戻り、散乱している捜査資料の中からスマイルの遺体だと思われていた焼死体の解剖所見を読み直し始めた。あるページで手が止まり、彼女は溜息をついた。


「……こんな馬鹿げた仮説、どうやって証明しろって?」


 骨刃警視が目を瞑った。

 空気がなくなったような静寂が、彼女にだけ纏わりついている。遠い世界に行ってしまって、僕はもう二度と言葉を交わせないのではないか。不安になって、手を伸ばし、肩を揺さぶってしまいたくなる。

 理性で衝動を抑えながら、骨刃警視を見つめた。

 やがて彼女がゆっくりと、眠たげに目を開いた。


「解けた」


 ただ、と骨刃警視が付け加える。


「証拠があるかは……正直わからない」

「そんな。では、逮捕は難しいんですか?」

「私は、犯人の自白を信じたい」


 骨刃警視は、犯罪を許さない。犯人に対して向ける眼差しは何遍も研磨したように鋭く、隣で見ている僕ごと射竦められたような錯誤を覚える。

 しかし、今の彼女は悲しそうだった。

 歩いているだけで赤の他人から罵倒されたときのように、何故と寂しさの入り混じった悲しさが骨刃警視を満たしていた。


―――――――――――――――――――――


 亜怪対の捜査員がいくら頭脳と身体を働かせても、鴉楼から証拠は見つからなかった。

 全て骨刃狭霧の妄想だったのでは、と彼らが懐疑的になり始めたとき、亜怪対宛に封筒が届いた。差出人は坂口朋美で、忍野研究室の研究データが記録されたUSBメモリが中に入っていた。

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