8

 クッションがへたってしまったベンチで拵えた即席のベッドの上に、表面がやや毛羽立った薄い掛け布団に骨刃警視が包まれている。掛け布団が白いせいで繭を連想するような姿だった。

 時々、眉間に皺を寄せ、魘される彼女の手を、僕は握っていた。

 時刻は十四時になろうとしている。

 救護室にはテロによる軽傷者が数名いて、好奇な視線を送ってくる者達もいたから、隣の部屋のベンチを借りた。

 彼女の手がぴくりと動いた。それを合図にするかのように瞼に力が入り、ゆっくりと眠そうに目が開かれる。僕は焦って手を離した。

「……ここ、どこ?」

「救護室です。正確にはその隣の小部屋ですが……。良かったです。骨刃警視、一時間近く気を失っていましたから」

「あれは夢じゃなかったか」

「残念ながら」

「そっか」


 鼻声で呟いた警視はゆっくりと身体を起こした。

 これほどまでに憔悴した姿を見るのは初めてだ。不治の病を宣告され、全て諦めてただ時が経つのを待ち侘びているかのような雰囲気だった。


「氷妃とはどんな関係だったんですか? ただの知り合いじゃないことぐらいわかります」

「……別に血が繋がっているわけでもないし、知り合いっていう表現が間違っているとも思わない」

「ただの知人が亡くなって、気を失いますか? 言いたくないなら無理にとは言いません。でも、知っていたいんです。警視が辛いとき、一緒に苦しめないのが悔しいんです」

「自分勝手」

「……そう言われると、ぐうの音も出ませんが」

 警視は目尻に溜まった涙を指で拭った。

「やっぱり大丈夫です。僕が相棒として支えればいいだけの話ですから。僕が、もっと頑張れば――」

「話すよ」

 言葉の続きを静止するように、警視が僕の頬を片手で挟んだ。

「氷妃と私は、師弟みたいなもの」

「骨刃警視の師匠が氷妃だったんですね?」

「そう」

 懐かしむような柔和な顔つきで言う。

「高校生のとき、剣道のインターハイの帰り道、能力に目覚めた。鋭く尖った骨が皮膚を突き破る痛みに耐えられなくて、鼻水垂らして泣き叫んでた。助けてくれる人は一人もいなくて、遠巻きに撮影する奴らがいただけ。そんなとき、助けてくれたのが通りがかった氷妃だった。それから、能力のコントロールのコツを教わったりして」

「親しくなった?」

「そう見えたなら良かった。でもね、私は氷妃に面と向かって感謝を伝えたことがない。いつか、とか思ってたのに、もうそのいつかは絶対に訪れない」


 掛け布団を掴む手に筋が浮かんでいた。

 頭に浮かぶ励ましの言葉はどれも陳腐で、価値のないものばかりだった。時間が経てば経つほど、骨刃警視の心に刺さった刃物の刃渡りが長くなっていく。消毒液の尖った臭いが微かにする空気は、傷口にじくじく沁みるだけで和らぎは期待できない。

 えい、と彼女の手を包んだ。


「何でも言ってください」

「え?」

「情けないですが、気の利いた台詞の一つも思い浮かばないんです。なので、僕に望むことがあったら言ってくれませんか? 警視が元気になるなら、何だってします」


 警視は可憐な目をぱちくりしてから、夜勤明けの両肩ばりに硬くなっているであろう表情の僕から目を逸らし、ふっと笑った。


「これからもモテそうにないね」

「いいんです、好きな人から好かれていたら満足です」

「うわ、生意気」骨刃警視がころころ笑った。「ねぇ」

「何でしょう?」

「手、離して。ていうか、意識戻ったときも握ってたよね?」

 笑って誤魔化しながら、手を離した。

「早速、頼みたいことがある」

「はい、何でも」


 軽くスナップを効かせながら警視が人差し指を立てる。


「私の願いは一つだけ。必ず犯人を捕まえるために、力を貸して」

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