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 パトライトを鳴らしながら高速を走るクラウンの後部座席。バックミラー越しに見る骨刃警視はホラー小説を読んでいる。ブックカバーをかけないものだから、おどろおどろしい表紙が目に毒だが、彼女の可憐な顔で相殺されている。

 シャワーを浴びた犬のように頭をふるって、僕はハンドルと事件に意識を戻した。


「既に加害者が亜人だと判明しているということは、例のパターンですか?」

「そう。馬鹿げた法律を施行したせいで仕事が増えた。英雄機関と政府の連中は目先のことしか考えてない」


 彼女が吐いた毒に深く頷いた。

 亜人という新人類は、法制度に多大に影響を与えた。

 例えば、社会保険料等の社会保障制度は亜人の場合、彼らは身体が常人よりも丈夫という理由で個人負担率が低い。入社前になると亜人かどうかの血液検査を指定の病院まで受けに行くから混雑する。迷惑ではあるが、この辺りは実情に即した法改正だ。

 問題は、とある新法にある。

 僕が総合職試験をパスし、志願した亜人や怪人が絡んだ事件を扱う、警察庁刑事局亜人怪人関連犯罪対策課・通称〈亜怪対〉に配属されたのは去年のことだ。時を同じくして、公布・施行された『系統外亜人恩赦等優遇措置法』のせいで、亜怪対の業務量は二倍近くにまで膨れ上がった。

 新法は、亜人の能力カテゴリーに該当しない亜人が新たに名乗り出れば、その亜人が過去に犯した罪を帳消しにし、多額の金銭を与えるという内容だ。前代未聞の法律だが、グレーなロビー活動に励んだ国際英雄機関が政治家の資金源そのものとなるのとで押し通し、今では世界各国で同様の趣旨の法律が発布・施行されている。

 国を挙げて亜人の新たなる可能性を探るのが法目的とされるが、一年の間に系統外亜人は発見されていない。が、自称する者は多い。

 データベースに登録されている亜人のみならず、様々な理由から能力を公開したくない、と未登録の者がいる。彼らの中には、対象外でありながらこの法律を悪用しようと試みる者もいるのだ。

 血液検査で能力まで判定できれば苦労はないが、現在の技術では、亜人かどうかしか区別できない。対象者判定も亜怪対が担当するという暫定的な決定は一年経過しても変更されることなく、〝新亜人〟が現れる度に亜怪対は霞が関から全国飛び回っていた。

 細胞に特異な状態を付与することが可能な人間が、亜人だ。

 二分すると、自身の細胞に特異状態を付与する者、そして自身の細胞を付着させることで他者の細胞への特異状態を付与する者となる。

 特異状態で現在発見されているのは、三種のみ。


 ・温度変化(高温化及び低温化)

 ・物質変化(硬質化、軟質化、導体化等)

 ・形態変化(外見上の変化で、著しく人間の姿を外れる亜人は発見されていない)


 細胞内の分子構成や運動が特異状態を実現させていると推測されるが、法的な後ろ盾の元、亜人研究を独占している国際英雄機関は未だに結論づけていない。

 これらに該当しない能力というのは、魔術的な現象を引き起こす能力になる。偽証しやすいものでいえば、透過だ。計算上は物質が壁を擦り抜ける確率は0ではないというが、現実的には起こり得ない魔法の領域だ。

 透過の偽証は通常の密室トリック、もしくは能力を利用したトリックによって行われるのだが、警察を騙し切れると踏んで、恨んでいる人間を密室で殺してしまおうと考える輩が少なくない。

 今日はまさに、密室殺人を起こした亜人が透過能力者だと主張している。本当の能力すらわからない状況でトリックを暴けというのだから、全くもってアンフェアだ。


「今回は、本物ですかね?」

「どっちでもいい」


 手元の小説から視線を動かすことなく、骨刃警視は呟いた。

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