ヴィランキラー・キラー事変

十野康真

第〇章 異能犯罪の手引き

1

「二〇〇七年八月八日、東京都新宿区で全長十メートル以上の怪人かいじんが発生した。これが、世界初の怪人だった。

 怪人の捕食行動により歩行者、報道陣合わせて三十五名が死亡。

 自衛隊が出動し、自動擲弾銃、対戦車誘導弾による攻撃に加えて、戦闘ヘリコプターからの掃射攻撃を実施するも瞬時に再生。自衛隊側に二十二名の死者が出た。

 世界初の亜人あじん・スマイルにより怪人が討伐される迄、計五十数名の犠牲者を出した重大インシデントは怪人が青色の炎を上げて死に絶えたことから、政府は〈新宿しんじゅく青炎せいえん事変じへん〉と呼称すると閣議決定した。

 亜人、怪人共に発生数最多である日本政府と著名な亜人が共同で設立した〈国際英雄機関〉による研究では亜人と怪人は人間が突然変異した姿であると結論づけたが、未だ多くの謎が残存する。

 既に判明している彼らの通貫した特徴は、亜人には怪人の能力によってしか傷害できず、怪人には亜人の能力によってしか傷害できないということだ。

 怪人は社会におけるヴィランで、ヒーローである亜人が怪人を討伐するという仕組みは政治や経済など多くの面で私達の社会に大きな影響を与えている。

 と、まあ、小中高と耳にタコができるほどに聞かされた概要はこのくらいにするか。それがいいだろう、そこの君も」

 亜人社会学の教授が、大教室で教壇近くの座席に座る熱心な生徒を指した。


「あ、はい。教授の専門分野の話を是非聴きたいです」


 小柄な生徒の言葉に教授は満足げに頷いて、講義を始めた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 霞が関にあるデスクで、僕――尾竹おたけミツロウが激務から現実逃避するために捜査資料の紙についた折り目を直していると、先輩の骨刃こつは狭霧さぎり警視に肩を突かれた。


「ねえ、話聞いてる?」


 彼女は警察庁から支給される濃紺のスーツを着崩していた。だらしなさが不思議と様になるのは彼女の美貌によるものだ。腰まである、やや茶の入った黒髪から摘みたての花のような匂いを醸し、肌は剥きたての茹で卵のようにつるんとしていた。

 突然に骨刃警視が僕の背中を思い切り引っ叩いた衝撃でウェリトン型の眼鏡がずれ下がった。


「シャキっとして」

「最近、寝る時間がないんですよ」

「スマートフォンゲームを遅くまでやる余裕はあるのに?」

「どうして、それを?」


 彼女は面倒くさそうに溜息をついた。いちいち説明させるな、ということらしい。答えの代わりに、命じる。


「車、回して。亜人案件が発生した。それも、今回は殺人」


 亜人による、殺人。

 一昔前までは不存在だった言葉に呼び醒まされ、弛んだ頭が冴えていった。

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