第6話
それからアシュリーは、毎日マーティに話しかけるようになりました。
時折「綺麗ね」と彼の描いている絵を見て云えば、ほんの少しマーティは微笑んだかのようでした。けれどすぐに「ちがう」と云っては紙をぐしゃぐしゃにしたり、ワインを探して床に倒れ込んだりしています。
「アシュリーをモデルにしてもいいのよ」と自信満々に告げてもみましたが、「きみはちがう」と一蹴されてしまいます。
アシュリーには正解がわかりませんでした。なのでまずはこの男に生気をとり戻させようと、身の回りのものを一生けんめい片付けることにしたのです。
滅多に家から出てこないマーティの家の外で、掃除をしているアシュリーを見て、街の人たちは仰天しました。
「とうとうマーティのやろう、人を買ったんだ」
マーティの描く絵は、どれもニンゲンの女性をモチーフにしているようでした。なだらかな曲線を描く……妖艶な、けれどもなんだかアシュリーにはそれがちっとも面白くありませんでした。
「だけど……捨てられた女にも、絵にも、全く似ていないようなまだ子供じゃないか。それになんだあの髪の色、染めてるっていうのかい?」
「まあ本人と同じでキテレツなのがお好きってことじゃないのかね」
好き勝手にじろじろ見られて、アシュリーはだんだん腹が立ってきました。何よ、その髪を燃やしてやろうかしら……そう思った時でした。
「……ちがうよ、この子の色素は生まれつきのものだ」
マトモに話すことも、立ち上がることもなかったマーティが、アシュリーのすぐ後ろに立っていたのです。
「この色は、決して染めても出ないようなバランスの色だよ。彼女だけの特別なもので、蔑むようなものじゃない。それに僕は別にやましいことなんてしていない、この子は絵ばかりで手の回らない僕を助けてくれていてね」
「そ、そうか……」
「第一、こんなに子供っぽい子に、僕が入れ込むとでも?」
伸びすぎた前髪からのぞく目はぎょろりとしていて、街の人たちは
話もそこそこに退散しました。
失礼しちゃう……! と内心アシュリーは思いましたが、気を取り直して起き上がってきた家の主に話しかけました。
「あ、アナタ少しはお話もできるのね?」
「……絵が」
「えっ?」
「絵ができたんだ……今日はそれを売りにいこうと」
せっかく言葉が通じたかと思えば、もうマーティの返事はうつろなものになっておりました。そしてふらふらと、アシュリーが全て片付けてしまったワインのボトルを探しているようでもありました。
まったく、とアシュリーは深めのため息をつきました。
「でもアナタ、そんな見た目じゃダメよ。絵だけではなく、自身の身なりもきちんとしていなくっちゃ」
ぼろぼろの衣類は、仕立て直したようにぱりりとして。
泡の魔法で包んで身支度を。
ぼさぼさの銀髪は、その目が見えるように切って整えて。
青白い顔色は見栄えが悪いので、アシュリーは歌いながらその頬に少しばかりの化粧をほどこしました。
マーティはそんなアシュリーの姿を、されるがままじっと見つめていたのでした。
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