第5話
男の名前はマーティといいました。どうやら暖炉の薪すら買えないような、しがない画家のようです。マーティという名前も、郵便受けにぐちゃぐちゃに突っ込まれていた封筒の山から見えたもので、彼自身は名乗りもしませんでした。
目を覚ましたマーティはアシュリーには目もくれません。乱雑に置かれたワインボトルをがららららっとテーブルの上からはねのけ、デッサン用の鉛筆をとり出すと、さっさと書きかけのキャンバスの前に戻ってしまったのです。
「何よ、お礼とか……せめて挨拶くらいしたらどうなのよ」
アシュリーはしまったと思いました。
初めて出逢ったニンゲンが、まさかこんな痩せ細った誰の話も聞こうとしない偏屈だとは。今回こそ一人前になってやろうと息巻いていたのに、そもそも会話すらできないじゃありませんか。
マーティは何やらキャンバスに書き殴っては、ぐしゃぐしゃとその伸び切ったボサボサの銀髪を引っ張ります。
「ちょっとアナタ、そんなことばかりしていたら死んでしまうわよ」
返事すらしないマーティに、アシュリーは内心非常に腹を立てながらも、暖炉に火を灯し、暖かいスープの幻をテーブルの上に出しました。アシュリーは料理なんて、それもニンゲンの食べるものなんて作れやしませんでしたから、少しくらい食欲を刺激してこのガリガリの男の気を逸らしてやろうと思ったのです。
けれどやっぱり、マーティはひたすらキャンバスと向き合うだけでした。そして床に散らばったボトルの中から、まだ中身のあるものを探し出してはグラスにも注がずぐびぐびと喉に流し込むのです。
「なんなの、アシュリーがここにいるというのに。アナタは見向きもしないなんて」
ばたん、とアシュリーはキャンバスを上から両腕で隠すようにして、真正面からマーティを睨みました。
赤々と燃えるようなグロゼイユの瞳は、決してニンゲンのそれではありません。マーティはそのボサボサの前髪からのぞく目を一瞬ハッと見開いたようでしたが「ちがうんだ……」とぼそりと呟くのです。
「何よ、何が違うというの」
「君は……鮮やかすぎる」そう力なく呟くと、再びマーティはがくりと気を失い、その場に倒れてしまったのでした。
「何よもう! まともに会話すらできやしないじゃないの。しかも鮮やかすぎるですって?」
気を失ったマーティを仕方なくぼろぼろの寝床に運び、アシュリーは散らばっていた書きかけの絵たちを拾い集めてゆきます。
「今に見てなさいよ。ぜったいに、七週間の間にアシュリーのものにしてやるのだからっ」
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