美容室にて
@yokonoyama
第1話
髪がくたびれているらしい。
カットの前にトリートメントをしてみませんか、と、金髪のスタッフが私に勧めた。2回ほど、利用したことのある美容室だ。しかし、これまでカット以外、頼んだことがなかった。とはいえ、それがトリートメントを拒否する理由にはならない。
お願いします。
このひと言で、料金が倍になった。やめたほうが、よかったか? まぁ、いいか。
手順は、シャンプー、トリートメント剤を塗る、その薬剤を流す、カット、ブローとなる。
シャンプーを担当してくれたピンク色の髪のスタッフは、私に容赦なしであった。私を怨敵と誤解したのだろう。耳の中まで、泡だらけにされた。その上、滝のようなお湯で、どうだ参ったか、というほど流された。そこまで熱心にされると、むしろ気持ちがいい。
シャンプーが終わり、席を移動した。黒色の服を着たスタッフが2人来た。2人は、私の左右に分かれて立つと、幅5センチぐらいの刷毛を使って、プラスチック製の容器から中身をすくった。柔らかいバターのような、黄色い薬剤だ。それを、慣れた手つきで、丁寧に髪に塗っていく。髪に塗る場所がなくなると、1人のスタッフが去った。
そして、ただ塗れば終わり、ではなかった。
マイクロミストという名前の機械で、髪を蒸す、と残ったスタッフが言うのだ。
蒸す? なんだそれ、と思ったが、もう遅い。
髪を蒸すための機械をスタッフが押してきた。移動させやすいよう、機械に車輪がついているのだ。その形状は、かなり昔、パーマをかけるときに使用されていたものに似ている。まるで、電気スタンドの親玉のようだ。もちろん、マイクロミストに電球はついていない。
近くに来たのを見ると、頭に被せる部分がフットボール型だ。流線形でツヤのある銀色なのと、コードや細いチューブがついていて本体と繋がっているせいか、なんとなく、SFっぽい。
黒色の服のスタッフが、私の頭にフットボール型のものをはめた。ヘルメットみたいな被り物なので、被ったと言いたいところだが、髪の生え際のあたりを巾着を絞るように閉めて頭に固定したので、
ぴったりはめられた感じがする。
銀色の被り物は、苦痛に感じる重さではないが、気軽に首を動かすことは、できなくなった。
おまけに鏡に映った姿は、とても滑稽だ。だが、笑うに笑えない。
黒い服のスタッフが、真面目に説明してくれた。
毛髪の表面は、キューティクルという、うろこ状のたんぱく質で守られている。その内側にはコルテックスという、繊維状のたんぱく質がある。この部分の状態によって、毛髪の太さやコシが決まる。
ちなみに、毛髪の中心部は、メデュラという、やわらかなたんぱく質だそうだ。
マイクロミストの特徴は、その名の通り、粒子の細かい蒸気を出せることだ。蒸気によって、うろこ状のキューティクルを広げ、毛髪の内側に薬剤が入りやすいようにする。
毛髪に薬剤が浸透するしくみより、もっとすごいことがある。
くどいようだが、マイクロミストは蒸気を出す。だから、フットボール型をした被り物のてっぺんから、何本もの湯気がのぼるのだ。
私は温泉まんじゅうか。
頭から湯気を出している状態で、15分間、置くと言われた。鏡に映った自分を見続ける15分間は、長い。
スタッフが去り、私だけになった。周囲の席には他の男性客がいて、ハサミを持ったスタッフと話している。私はうつむいて顔を隠したいのだが、思うように動けない。頭と機械が一体化しているのだ。それなら、両手で口元を覆うしかない。体にかけられたクロスの中から手を出そうとゴソゴソやっていると、様子が変だと思ったのか、茶色い髪のスタッフが、私のそばに来た。
申し訳ございません。空調のせいで、店内が乾燥しております。
そう言われ、おじぎをされてしまった。咳じゃないって。言えないけど。だいたい、空気が乾いていようとも、私から湯気が出ている。心配いらない。
おそらく勘違いしている茶髪のスタッフは、けれども、気が利いていた。のど飴を私にくれたのだ。いい人だ。
私は、その飴を口に入れて噛みしめた。おかげで、鏡に映った自分に向かって、声をあげて笑わないですんだ。
金髪のスタッフが寄って来た。髪が蒸しあがったらしい。お疲れさまでした、と、被り物を外してもらい、首を自由に動かせるようになった。
金髪のスタッフが言う。
トリートメントの効果は、そう長くは続きません。2、3ヶ月に一度くらいなさると、髪によろしいですよ。
なんてことだ。また滑稽な姿に、耐えなければならないのか。
トリートメントをするのは、傷んだ髪にいいかもしれない。だが、私にとっては、笑いたくても笑えない苦行でもある。
やはり、次回からは、カットだけにしておこう。
(了)
美容室にて @yokonoyama
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