ユック

 私はユック。どうやら、2009年の学校からやってきたらしい。いや、2009年の未完成の漫画からやってきたらしい。


 学校の帰り道、涼しい風を感じる。遠くで人の声が反響して聞こえる。ローファーの足音だけが、この空間に私がいることを伝えている。


 ねえ、あなたはなぜ私を描いたの?そして、なぜ続きを描けなくなったの?


 いつからだろうか。分厚い雲が夕日を遮っている。空は灰色だった。カラスの影が弧を描いていた。遠くでゴロゴロと低い雷の音が聞こえる。


 漫画の主人公なんだったらさ。もっと漫画っぽい主人公でも良かったんじゃないの。特殊な能力も持ってないよ。美人ってわけでもないよ。なんにもないよ。


 地面に、黒い点が見える。点は水玉模様に増えていった。頭にぽつぽつと何かが触れるのがわかる。雨か。傘ももってきてない。


 もしかして、描いてる途中で、他の物語を思いついちゃった?私のこと、忘れちゃったのかな。きっと。


 歩いているうちに、みるみる雨の量は増えていく。周囲が傘を開き始めたり雨宿りするのをよそに、ユックは、雨の中傘を持たずにいつもの駅まで歩いていた。水たまりに彼女の虚像が写っている。雨粒は、その虚像をぐにゃぐにゃと揺らしていた。


 2009年に戻ったら、なにがしたいって?私が言ったら叶えてくれるの?でも、戻ってもやりたいこと、ないかな。


 駅のロータリーまでついたユックはようやく雨がふらない場所にたどり着いた。制服はグシャグシャになっている。少し寒いかも。周りはだいぶ暗くなっている。自販機で温かい飲み物を買う。ベンチに座って飲む。駅は人が行き交う。こうやって人々を遠くから眺めているうちに、時間がすぎるのを忘れる。


 漫画が趣味って言ったでしょ。あれ嘘かも。あんまり描いてない。私、趣味がないの。これだ、っていって一直線に情熱を捧げられるものがないの。だから、好きなもの描いていいよって言われるのが一番困っちゃう。表現する自分がいないの。


 雨はますます強くなる。慌てふためいていた人も、もはやいなくなっていた。そんなに時間が立っていたのか。周りがまっくらだ。家に帰らなくていいの?いいの。だってここはゲームの世界なんだもん。眼の前に見える駐車場。わたしは誰も待っていないのにずっと座ってる。



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