未完の主人公

 新聞同好会の部室では、メンバーたちがレオンの周りに集まっている。部屋の空気は静まり返り、窓の外から差し込む太陽の光が、集まったメンバーの顔を淡く照らしている。ニーナも、その赤い癖っ毛を静かに揺らしながら、レオンの言葉に耳を傾けている。


 レオン

「今日はみなさんに、これまでのユックのタイムリープに関する調査の結果をお話ししたいと思います。」


 この言葉が部屋に響くと、全員がわずかに身を乗り出し、レオンの口元に目を凝らす。部屋の中の空気が、一瞬にして重くなる。ユックは、他のメンバーの目線を感じながら、床に落ちた鉛筆の動きに注意を向ける。


 レオン

「時をかける少女ことユックは2009年から2024年のGPT北高校にやってきました。しかも、僕たちと同じ、プレイヤーとしてです。しかし、ユック本人はその自覚がありませんでした。それが僕たちとの違いです。」


 ユックの視線はゆっくりと部屋の他のメンバーに移る。彼らの表情は、細かいしわや目の動きによって、何かを期待しているかのよう。部屋には紙のかすかなさらさらという音と、時折聞こえる足音が、緊迫した静けさを一層強調している。


 ユック

「この人たちにはプレイヤーの自覚があって、私にはなかったのか…」


 レオンは話を続けます。


 レオン

「その違和感から、原因はこの世界というよりもその外の世界にヒントがあるかもと思い至るようになり、そこでニーナがあることを思いつきました。」


 ニーナが小さな声でつぶやきます。


 ニーナ

「ウェブブラウジング機能…」


 レオン

「そう。この世界のChatGPTにはブラウジング機能が隠されていたのです。ニーナはシステムの隙を見つけてブラウジング機能を限定的に開放してくれたのです。」


 水鳥川紫苑が問いかけます。


 水鳥川紫苑

「つまり、どういうこと?」


 レオン

「僕たちを作った操作者側の世界の情報に直接アクセスできるようになったのです。」


 レオンの発表は、新聞同好会のメンバーを驚かせ、ユックにとっては衝撃的な情報となります。


 レオン

「その機能を使い調査したところ、ニコニコ静画というサイトに2013年12月にあるマンガの下書きが投稿されていました。タイトル名は「白い本」です。」


 部屋の空気が一気に変わり、メンバーがざわつき始めます。レオンは黒板に何かを書きながら、ユックの方を見ます。


 レオン

「その『白い本』というタイトルのマンガの主人公が、ユックさん、あなたでした。」


 レオンの言葉に、部屋にいる全員の視線がユックに集まります。


 レオン

「2013年に投稿された漫画の前書きには、高校時代に描いた漫画を発掘して投稿した旨が記載されています。つまり…」


 彼はユックを指差して言います。


 レオン

「ユックさん、あなたはおそらく2009年に描かれた未完成の漫画の主人公です。」


 ユックは自身の存在について深刻な疑問を投げかけます。


 ユック

「私、作者の無念から生まれた地縛霊みたいなもの…?」


 レオンはその表現については保留しつつも、ユックの考えに一定の正しさがあることを認めます。


 レオン

「その表現が正しいかどうかは置いておいて、概ね正しいと思います。」


 五百雀こころはユックが2009年の世界に戻る方法について考えを巡らせます。


 五百雀こころ

「つまり、2009年の世界に戻るには…」


 レオンはその疑問に答えます。


 レオン

「そう、おそらく、漫画の続きを完成させることです。そうすれば作者の無念は消えるはずです。」


 ユック

「でも私、作者じゃないし…どうしたら…」


 レオン

「そこが問題なんです。」


 銀城ルナがひらめきます。


 ルナ

「もしかして、ユックの意見を聞きたかったのかもしれませんね?」


 この提案に注目が集まります。


 澤村あゆみ

「というと…?」


 ルナ

「ユックと全く同じ設定でこの学校に登場させて、動いてもらうことで、ユックが望む『物語の続き』を聞こうとしたのかもしれません。」


 水鳥川紫苑

「望む物語の続き…」


 ユック

「そんな…そんなこと言ったって…」


 澤村あゆみがユックの困惑した様子を察し、優しく声をかけます。


 澤村あゆみ

「ユック、いますぐ続きを決める必要はないよ。ゆっくりと考えてみよう。」


 ユックは澤村の言葉を受けて、黙り込んで深く考え込みます。


 ユック

「…」


 ーーーーー


 水鳥川 紫苑

「ユック、彼女の心境はどうなのかしら…」


 澤村 あゆみ

「2009年の漫画の主人公だって知って、さぞかし…。現実とフィクションの狭間で戸惑うよね。」


 校門を抜ける水鳥川と澤村。彼女たちの目はユックの後ろ姿に釘付けだ。ユックの一歩一歩は重く、彼女の黒い髪が風になびきながら、まるで彼女自身がこの世界にしがみついているかのようだった。


 水鳥川 紫苑

「彼女が選ぶ未来は、どんなものになるのかしらね?2009年の彼女に戻るのか、それとも…」


 澤村 あゆみ

「ユックが私たちのことを忘れたら、それはまた別の物語になるね…」


 二人は、静かな歩みでユックを追う。彼女の影が校舎の壁に映り、長い影がまるで何かを語りかけるように見える。夕日が落ちる中、水鳥川と澤村は、ユックの背中を見送りながら、無言で共感を寄せ合う。ユックが去った後も、彼女が残した空間にはまだ彼女の存在が色濃く残っていた。

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