第48話

「君は、宇宙が好きかい?」

 美海と二人で宇宙ステーション「きぼう」の前にいると、朝日さんが話しかけてきた。

 宇宙のことなんか、普段考えたことないや。

「いえ、そんなには。たまに月を見るくらいで。だいたい東京にいると星も見えませんし・・」

「そうだねえ。筑波だとちょっと行けば星がきれいに見えるところがたくさんあるんだけどね」

 朝日さんが、私の車椅子を見つめている。やっぱりこれが一番目立つから。

「宇宙に関わるためには、数学や物理とかの成績が良くないとダメですよね?」

 私の質問に、朝日さんが優しく笑って答えてくれる。

「そうだね、技術開発をするなら理系の科目が必要だけど、ここはいろんな人たちで成り立っている職場なんだよ。僕は昔、JAXAで営業にいたから、経済学部出身だし」

「営業って、何をするんですか?」

「今の宇宙開発は、事業として成り立たないと続かないから、このロケットを使って衛星や必要物資を宇宙まで運ぶビジネスという側面もあるんだ」

「へえー、宅配便、みたいな?」

「あはは、その例はわかりやすいね。まあそういうことだ。だから、宇宙まで何かを届けたいというお客さんを見つけて、運ぶという仕事の営業をしていたんだ」

「何を運ぶんですか?」

「そこにある、国際宇宙ステーションに研究材料を運ぶとか」

 二人の話に割り込んで、質問をした。

「あの、この車椅子も運べますか!」

 朝日さんは、私の乗っている電動車椅子を見回して観察していた。

「うん、これは重さがどれくらいあるかわかる?」

「えっと、私を乗せて100kgくらいだと思います」

「今のロケットなら、それくらい問題なく乗せられるよ。君が宇宙に行くのかい?」

「え、あ、いや、そうじゃなくて・・。そうですけど・・」

「君が宇宙に行くなら、この車椅子は必要ないんんじゃないかな」

 え?どうして?

 美海も同じようにびっくりした表情をしている。

「朝日さん、何でですか?」

「だって、宇宙は無重力だから、身体の重さを感じないよ?」

 あ。

「ニュースで宇宙飛行士が宇宙船の中で泳ぐように移動しているのを見たことがないかな。ロケット打ち上げの時は椅子に座っているけど、宇宙に着いたら船内でもぷかぷか浮かんでるよ。だから君みたいな子でも車椅子は必要ないと思うけどな」

「そうですか、私たち水泳部なんです!葵は水中なら泳げて、自分で移動できます!」

「水泳部かあ、それは良い部活動だね。水中も無重力とまで行かないけど、浮力で軽くなるものね」

 美海が必死に説明してくれた。

「ほら、水泳部に入ってよかったでしょ!」

 こんなところで水泳が繋がるとは思わなかったけど、確かに宇宙遊泳とか言うし。

「もちろん、宇宙飛行士になるにはいろんな勉強と経験が必要だけど、君が全くなれないと言うわけではないよ。現に、欧州宇宙機関では片脚が切断された人が宇宙飛行士になっているよ。飛ぶのはこれからだけれど。もしその気があるなら、チャレンジすることは大切だと思うよ。チャレンジする勇気だけでもすごいもんだ」

 宇宙飛行士になりたいと今思っているわけではないけれど、なれっこないと思っていたことが、実はそうではなく可能性があるんだということは、なんかうれしい。

 でも、6年間も、あの暗い宇宙にひとりぼっちでいることには耐えられるだろうか。

 誰も本当の自分をわかってくれないと言っておきながら、一人になるのは嫌だという自分。

 わがままで矛盾している。

「これからの世界は、君たち若い人のための世界だ。思ったことをやってみたらいい。結果は、後で考えれば良いんじゃないかな。ロケットの開発も、未知のものへの挑戦だから、いつも失敗してるよ。それでも開発の連中は、これでもか、と何回も挑戦している。あの姿を見ていると、自分も頑張らなきゃと思うよ」


 飛ばす人たちはみんなで仕事をしているんだ。でも飛ぶ人は孤独なんじゃないの?

「『はやぶさ』は、一人で6年間も飛んでいたんですよね?それはなんか怖いというか淋しいというか・・」

 思い切って、今感じていることを朝日さんにぶつけてみた。

「そんなことないさ。だって管制で24時間ずっと追いかけているもの。このセンターの中にロケットや衛星を支える管制があるんだよ。だから一人で飛んでいっているわけじゃない。みんなが見守っているから淋しくなんかないよ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。飛ぶ方向の修正や着陸の指示なんかは全部ここの管制から出しているから、どれだけ離れていてもみんなで見守っているよ」

 そうか、一人じゃないんだ。

「葵、宇宙を泳ぎたくなってきた?」

「いや、そんなこと」

「でも、あきらめることでもないみたいよ。せっかく水中は泳げて自由になれるんだから、宇宙でもゆっくりと自分の身体で泳いでみたら?」

「ゆっくりと泳ぐ暇はないんじゃない」

「でもいつか、何十年後になるかわからないが、いつか観光で宇宙に行くことができるようになるだろうね。その時に、宇宙遊泳のインストラクターなんて仕事もできるんじゃないのかな」

「あー、朝日さん、それいいー!朝日さん、その会社立ち上げてよ。私たち入社するから。葵と同じ仕事ができるね」

「その時はもう私はヨレヨレのお爺さんになっているよ・・」

「大丈夫、営業でがんばってお客さんとって来てくれれば!ね!葵!」

 美海も大洞吹の素質があるな。でも、なんか前向きに進まなきゃって思えたよ。筑波に来てよかった。

「あ、美海と葵だ!こんなところにいたの?葵とも美海とばかり一緒にいないで私たちと一緒に行こうよ!」

「そうだよ、いつも見てるのに美海が独占しちゃうから!」

 大丈夫、もう私はみんなに見守られているってわかったから。

ありがとう。


「じゃあね、またいらっしゃい。美海ちゃんと葵ちゃん、ぜひ宇宙飛行士を目指してください」

 私たちの乗った車が宇宙センターを離れていく。美海は疲れたようで、発車してすぐ眠りについた。

 ここに来た時とは全く違う気分だ。一人だと思い込んでいたのは私の方だった。


 明日から、水泳の練習、がんばらなきゃ。

 一つ一つの現実の積み重ねで、きっと世界は変わるんだ。

 それを信じて、前に進もう。

 私は、一人じゃないんだ。

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