第42話
春から夏にかけては、いろいろ慌しかった。
特に夏の文化祭と、そこからの夏休みは目の回る体験をした。あー、自分も女子高生なんだなと実感できる出来事だった。人の恋愛話に首を突っ込んでしまった・・。
栞もキツかっただろうな・・。でも最後はどんでん返しでなんかいい雰囲気になって、栞も得意の英語を活かして秋田にある大学に行くんだと、目標ができたみたいだから、結果オーライよね。
やっと学校にも落ち着いた雰囲気が出てきて、インクルージョン部と水泳部の両立の見通しが立ってきた。
他人から期待されることは、率直にうれしい。だからそれを叶えようと努力もできる。
でも、時には自分のペースで、水中に潜っていたいという欲求も湧く。
そこでは、私を縛り付けるものは何も無いから。
1年生には、秋に2泊3日で見学旅行がある。昨年は札幌まで行ったと二柚先輩たちが言っていた。しかし、今年は感染症対策のため、近郊で、しかも泊まりが無しになった。
「つまんないよねー。せっかく北海道でお寿司が食べられると思ってたのにさ!」
美海がぷんとしていた。
「北海道を2泊3日というのも、大変なんじゃない?」
お寿司を食べるために見学旅行があるわけではないのだが、家族抜きで友達と旅行ができるなんて今まであまりなかったから、それは楽しみにしていた。
インクルージョン部の先輩たちからも、札幌の小倉山ジャンプ台からの景色は絶景だったとか、みんなで入れた露天風呂はもう最高、などと話を聞いていたし。
旅行でサポートしてくれたお姉さんも優しいっていていたから、ちょっと会ってみたかったんだけどな。
「それで、次の3つから選べ、ってなんかショボいよね。小さい時に行ったことあるところが多いし」
3カ所とは、富士山登山、鴨川水族館、筑波宇宙センターで、希望する場所を選べることになっていた。
「葵は行ったことあるところ、どこ?」
「鴨川水族館は行ったことあるよ。イルカやシャチが気持ちよさそうに泳いでいたわ」
そう、本当に気持ちよさそうに、自由に。
イルカが、君は地上で動けないことを何でそんなに気にしているんだい?と言っているみたいに、私に笑って話しかけているような表情だった。
いつか、彼らと横に並んで泳ぐことができたら、きっと楽しいだろうな。何も制限なく、自由に。
「じゃあ、鴨川はパスかな?富士山に登る?」
「いや、車椅子で富士山は登れるの?」
「人に背負ってもらって登頂した人の話は聞いたことあるけど、電動車椅子で登るのはまだ難しいんじゃない?」
「うちのクラスにそんな体力がある人、いる?」
「いたとしても、さすがにそれは申し訳ない気持ちになるから、遠慮するわよ」
そんなの、乗せられる方も嫌よ。
「そうなると、筑波になるわよ」
筑波は、行ったことないな。
「筑波って、何があるの?」
美海も行ったことがないみたいだ。
「ガマの油」
「えー、何それ?」
「あら、おじいちゃんが言っていたわよ。ガマガエルを鏡の前に置くと、自分の姿を見て脂汗みたいなものを流すんですって」
「それが何かになるの?」
「えー、そんなの知らないわよ。美容効果でもあるんじゃないの?」
なんか言葉の響きが、絶対美容に効きそうもない感じだけど。
「なんで筑波なの?」
「さあねー」
「筑波って、大学があるでしょ?葵は成績いいからそういう大学に行くんじゃないの?」
大学かあ。まだ高校に入学したばかりだというのに、もうそんなことを考えなきゃならないのか・・。
でも、できれば理系に進みたいなとは思う。医学か、私の足を歩けるようにする工学か。
「日本の研究所の1/3が筑波にあるって書いてある」
「宇宙センターって、そこでロケットを打ち上げるの?それは見てみたいよね」
「いやいや、そんな市街地でロケット打ち上げたら危ないでしょ。管制センターみたいなものじゃないのかな?」
「あ、じゃあそこで宇宙飛行士とお話しできるかな。それはやってみたい」
「そんな軽いノリでやってくれる訳ないでしょ。通信料がいくらかかると思ってるの?」
通信料がいくらかかかるかはともかく、宇宙にいる人と話なんてできるのかな。でも、他の場所なら筑波を選ぼうかな。
「私、筑波にしようかな」
「えー、じゃあ私もそうする!」
美海が一緒に行ってくれるみたいだ。
「見学旅行までに少し下調べをしなきゃだね。美海はガマの油について調べてもらおうかな」
「もう、何で私がガマの油の担当なのよ!」
「あはは、冗談よ」
でも、宇宙かー。車椅子に乗っていて宇宙になんか行ける訳ないよね。
「そのうち、宇宙旅行とか、普通にできるようになるのかな?」
「なんか有名人が行くとか言ってたけど、お金があれば行けるんじゃないの?」
お金があっても、車椅子は重いからなあ。咄嗟の時にも動けないし。私には無理だなあ。
「筑波まではバスで行くんだよね」
「そうだ、また私は別で車かな。バスに電動車椅子は乗れないもんね」
「でも2時間くらいでしょ。まあ寂しいけどみんなとはがまんだね」
うん、それはいつものことだから大丈夫。
「なんか美味しい食べ物、あるかな?」
「結局、そこに行き着くわね」
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