第37話

―突然、手紙なんか出してごめんね。驚いたでしょう?

 そろそろ、そちらでも落ち着いた頃でしょうか。こちらも暑い夏のままです。


 出発の日、実は私、駅まで見送りに行ったのです。

 でも私ってドジだから、バスの時間に間に合わなくって、行ってらっしゃい、って直接言えなかったんです。私らしいでしょう?

 駅前の交差点で、バスの窓から水上くんの顔が見えました。さすがに私には気付いていなかったみたいだけど、出発の日の顔が見られて私はうれしかったです。


 私は自分のできる最大の努力をまだしていない。結果がどうなろうと、自分がやりたいと思うことをしなきゃ。それで出た結果は全部自分が引き受ける。

 間違ってるなら、やり直せばいいんだから。

 それで、私は水上くんに手紙を書くことにした。メールではなく、郵便で送る手紙だ。メールだと、近くにいても遠くにいても距離感がわからない。でも郵便は、遠ければ届くまでに時間がかかる。もし返事が来る手紙なら、それを待っている時間がきっと愛おしくなる。

 でもこの手紙は、やり取りのない一方通行のものだけど。

 それでもいいの。今の自分の気持ちを伝えることが、私に今できる最大限のことだから。


―今日は、ずっと伝えたかったことがあって、手紙を書きました。

 どうして手紙かって?

 うん、そうですよね。今時、手紙なんて。

 でもなんかメールは違うな、って思えたから。

 書いている間と、届くまでに、思いを込める時間ができるから。

 きゃー、何書いてんだろう、私。

 あのね、私、ずっと水上くんのことが好きでした。

 初めて知ったのは、委員会で席が隣になった時だけど、あー、この人の顔、好きだなー、って思ったんです。

 あ、もちろん顔だけ好きになったわけじゃないからね!

 一緒に仕事をしていた時も、私のことをいつも気遣ってくれて、優しいなあって思っていました。

 それに、私に何もしなくていい、って言わないで、私がやる仕事をくれたこと。

 私はこんな身体だから、いつも大変なことは免除されるの。でもそれは相手に迷惑をかけることになるから、とても嫌なんです。

 私がそこにいる意味がなくなってしまうから。

 それを、わかってくれたから。


 でも、水上くんに彼女さんがいるのを知った時は、驚きました。

 まー、こんな格好いい人だから、いるのは当然ですけどね。

 そうでしょ?

 今、うんうん、ってうなずいたでしょ!

 それで、何度か気持ちを飲み込もうとがんばったんだけど。

 最後にやっぱり、だめですね。言っちゃいました。

 でも、これで、自分の気持ちに整理をつけることができました。

 ありがとうございました。


 そちらでも、元気でがんばってください。雪も多いところだろうから、冬は風邪を引かないように気をつけてくださいね!

 いい思い出をありがとうございました。

 彼女さんとも、仲良くね。

 私もがんばります!

 丞くんへ


 書き終えた手紙は3日間出せずじまいで、机の中に仕舞い込んだままだった。

「まだ出してないの?」

 葵には、手紙のことを話してある。うん、そういうのもいいんじゃない、とほめてはくれたものの、まだ出していないことを怒られた。もうこうなるとお母さんよね。

「はい、わかりました、これから出しに行きます。行きますとも!」

「そのあとどこか行く?私はヒマだから付き合いなさいよ」

「へい、仰せの通りにしやす」

「じゃあ、あとでね」

 葵の見ている前で投函すれば、もう怒られないだろう。


 そのあと私たちは、ショッピングセンターで落ち合った。

「どうする?夏服とか見たいけど」

「あー、いいな。今年は少し外出したいよね」

「うん、今までがまんしたもんね」

 二人で服を見た後、ショッピングセンターを進んでいくと、途中で映画館があった。

「映画は、さすがに、でしょ?」

「今、何やってるの?」

「映画観る元気あるの?じゃあ、ちょっと案内を見に行こうか」

 映画館の中に入り、案内を見る。夏休みに入ったので、人もそこそこ多い。

「ホラーと、アクション、どっちにする?アニメもあるか・・」

 上映中のポスターを見ていると、「この恋を終わらせよう2」というものが目に止まった。

 葵が、私の視線の先に気付いた。

「いや、さすがにこのタイミングで、恋愛ものはやめた方がいいんじゃない?」

 葵の言葉には耳を貸さず、そのままポスターを見つめていた。

「もう、栞!」

「これ、おもしろい、かな?」

「私、去年この映画のシーズン1を見たよ。でも、今はやめときなよ」

「葵、私、これ観たい」

「あー、もう!どうなっても知らないからね!」

「無理に付き合わなくても大丈夫だから、葵」

「今、一人で栞にこの映画を見させるわけにいかないでしょ!私も行くわよ!」

 どうして葵がこんなに心配しているのかわからないが、葵の気持ちはうれしい。でも、一人で観る方がいいような気もする。

 映画が始まった。この映画館は、そんなに観客が多くなかったので、席を一つ空けて座らせてもらった。

 よかった。もしそうでなかったら、葵の映画鑑賞を邪魔してしまっていたから。


「なんか喉が渇いたわね。どこか入ろう!水分補給しなきゃ」

 映画が終わって、葵の言われるままにカフェに入った。

「今年は合宿も中止になったから、夏休みもすることないよね」

 葵は、あえて映画の話をしないでいてくれた。

「何しよう?」

「勉強しなさい」

「えー、これでも結構、普段からしてるんだけどなあ・・」

 大きな声で言いたいが、私は英語の成績だけなら学年トップなのだ。その他の成績はそこそこだけど。

 そりゃあ、全教科でトップクラスの葵と比べられたら、アレですけど。

「でも1年なんてあっという間なんだろうな。すぐに進学だ就職だと始まるわよ」

「今くらいよね、きっとのんびりできる時間って」

「部で合宿は無理でも、何人かで旅行くらいなら行けるんじゃないの」

「少人数ならいいかもね」

「あとで計画してみようか」

「うん、温泉行きたい!」

「いいわねー」

「昨年の見学旅行で、二柚先輩たちが旅行のサポートサービスがある、って言ってたから、それを利用すれば行けるんじゃない?」

「あー、言ってたね!じゃあ、帰ったら部のみんなで考えようよ」


 いろんな話をしていると、葵が、ショッピングセンターの中にある郵便局を見つけた。

「ポスト、あったよ」

「うん。じゃあ、ここで手紙出すね」

「しかと見届けてあげるわ」

 バッグから手紙を出して、一瞬だけ宛先を見つめてから、投函口に当てた。

 手紙は、私の意思に関係なく、吸い取られるようにポストの中に消えた。

 コトリ、と音がして、私の思いは、私の手を離れてしまった。

 思いはどこかで迷うかもしれないけれど、時間を重ねてまた成長して帰ってきて、自分が受け止められればいいな。

「出したわね?」

「出しちゃったよ!」

「じゃあ、帰ろうか」

「うん、今日はありがとう」

「うん?誘ったのは私だよ」

 葵は、いつだって私に気を遣ってくれている。葵にこんな時が来たら、私にしっかりと葵を支えることができるのだろうか。

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