第35話

 振替休日が明けた日に終業式があり、その日の放課後に1年生委員の打ち上げをすることになった。この後は夏休みで、1ヶ月は学校に行かなくて済む。

 今日で気持ちに区切りをつけなきゃね。

 会場は、駅前のワックだった。先輩たちを通して予約すると、お店の一角にパーティーコーナーを作ってくれた。

 透さん、という人にいろいろ手伝ってもらったが、本当に優しい人だ。それなのに二柚先輩が振るって、ちょっとよくわからない。恋愛は難しい。

「では、これから打ち上げを始めまーす!最初に1組の吉川さんから一言お願いしまーす!」

「え?なんで私?」

「いや、一番のリーダーでしょう!ほれほれ、細かいこと気にしないで!」

「もう、わかったわよ!あとで仕返ししてあげるから、大人しく待っててね!」

 葵がニコニコした顔で引き受けた。

「うわ!」

 頼んだ男子の顔が、引きつっている。

「それではご指名ですので。皆さんお疲れ様でした!」

「お疲れ様でした!」

 水上くんの隣には、当然のように村上さんが座っている。私と葵は、いつもの奥のテーブル席に着いた。

 マイクが司会に戻り、これから開始というタイミングで話があった。

「それじゃあ、打ち上げの前に先に話をしてもらうけれど、4組の水上が1学期で秋田に転校することになりました。だからみんなと会うのは今日が最後らしいです。ほら、水上!」


 え?


「本当に残念ですが、家庭の事情で、2学期からは秋田の高校に転校することになりました。短い間だったけど、結構楽しかったです!」

 どういう、こと?

 葵の顔を見ると、驚いた表情をしている。葵も知らなかったのだろう。

「栞、知ってた?」

「ううん、いま初めて聞いた」

 どうして?

 水上くんを見ると、村上さんや他の組の男子から手荒い激励をされている。村上さんはとても悲しそうな顔をして、行かないで〜、という声を出している。

 私には、教えてくれなかった。

「仕方ないわね。でもこれで未練も断ち切れるでしょう」

 文化祭の後、葵は私に、これでよかったのよ、と一言だけ呟いた。私が未練がましく手を繋いだことにも、もう触れては来なかった。

「栞がやれることはやったんでしょう?」

 う・・ん、やれることを、やった・・。

 本当?

 努力しても仕方ない、と思ったんじゃなかっただろうか。

 

 打ち上げはその後みんなで乾杯をして、それぞれ思い思いの席で話したい人と話をしている。

「葉月さんにも大変お世話になりました」

 水上くんの転校のことをボーッと考えていたら、いつの間にか彼が私の横の席に座っていた。

 そんなに深刻そうな顔ではなく、いつもの私の好きな笑顔だった。

 葵は、さっき挨拶を振ってきた男子を痛めつけに行っている。

「急な話だったから、きちんと伝えられなくて。いや、本当は何度か・・うん、でもまあ、いいか」

 これで区切りをつける、と自分では決めたけれど、相手からもつけられるとは思ってもいなかった。

「そうですね、ちょっと寂しくなります」

 寂しいと言う言葉を言った途端、胸がモヤモヤして寂しさが大きく形になってきた。

 それと同時に、心臓の音が自分にも聞こえるくらい大きくなっていた。

 胸の鼓動が、水上くんに聞こえませんように。

「新幹線で4時間かかるけど、飛行機なら1時間なんだ。まあどっちにしても遠いよね」

「はい。遠い、です。でも」

「でも?」

 心の中では、一瞬で思い出すことができる。どこにいても。

「いえ・・。なんでもありません」

「そうか、じゃあ元気でね」

「はい」

「僕は明日出発するんだ」

「そう、ですか」


 大した話もせず、見送りに来て欲しいとも言われず、また、こちらもあいまいな返事で返した。

 水上くんはそのまま振り返って席に戻り、他のメンバーと笑って話していた。村上さんは、周りから囃し立てられて水上くんと腕を組んだり、そのまま写真を撮られたりしていた。

 私は、その姿を遠くから見ているだけだった。


 さようなら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る