第33話

 文化祭までは、そんなことをあまり感じないで済むくらい、準備で目も回る忙しさだった。

 いや、なるべく忙しさに身を置いて、余計なことを考えないようにしていた。

 葵も、私のできそうな仕事は振ってきた。暇ならちょっと手伝ってとぶっきらぼうにいうが、私に気を遣ってくれているのがよくわかった。


 文化祭当日も、3組の七夕喫茶はとても好評で、営業中はずっと待機列ができるくらいだった。これは、ウェイトレスの服装が浴衣で、また来店者に織姫と彦星を投票してもらう企画が当たったせいだ。

 私は、委員の仕事の合間を縫ってウェイトレスの仕事もした。ウェイトレスが着る浴衣は、丈を短く、下をキュロットにして動けるようにした。これは部の七津先輩と1年2組で同じ部の神保瞳が共同で考えたデザインだった。

「これ、かわいいよね!」

 浴衣を着たクラスの子が私の姿を見てほめてくれる。

「うん、七津先輩と2組の瞳が一緒に考えてくれたんだ。とっても動きやすいのよ」

「普通の浴衣よりかわいいから、自分たちもそれがよかったのになあ」

「あの2人は、将来デザイナーを目指してるみたいだから」

「へえ、車椅子で座ったままでも、かわいく見える服を考えるなんて、やっぱり実体験があるからだね」

「そうでしょうね。でも、それを他のみんなに、普通に着たいと思わせるのはすごいわよね」

「うん。だってかわいいもん。動きやすそうだし。私もこっちがよかった」


 そこに、二柚先輩と愛来先輩がメイド服を着てやってきた。こちらもあの二人のデザインだ、

「わー、先輩方、かわいいです!頭にリボンですか!蝶みたい!下のズボンは、ちょっと変わった形ですね?」

「これはね、ボンバチャというシルエットなんだって。私も初めて聞いたよ。腿が膨らんで、足首の方が細くしまっているでしょう?」

「そうですね、活動的に見えて、蝶みたいでよく似合っています。車椅子に乗ってるからこそ、映えるのかも」

「みんな〜、ありがとー。この浴衣もかわいいよ!」

 さっきから会話が、かわいい、という単語しか使われていないけど、まあいいか。女子高生だし。

「栞―、テーブル準備できたから次のお客さん入れてよ!」

「あ、ごめん。今行くわ!」


 担当の子に促されて、教室を出てお客さんが待っている列に声をかけようとすると、一番前に水上くんがいた。隣には村上さんもいた。

「あ」

「こんにちは」

「水上くん、こんにちは・・」

 とても驚いたが、できるだけ冷静さを保つように心がけた。

「今、交代して休憩の時間なんだ」

「そう・・。いらっしゃいませ。お2人ですか?」

「4人なんだけど・・」

 テーブルには男子2人と女子が2人、水上くんの隣には村上さんが座った。同じクラスのカップル同士、かな。

「今、注文をお伺いしますね。少々お待ちください!」

 水上くんの顔を見ることができず、胸の鼓動が速くなってバックヤードに下がったら、そこに葵が来た。

「栞・・」

「葵、来てくれたの?私は大丈夫!心配してくれてありがとう」

「無理するんじゃないわよ」

「うん、わかってる」

「大丈夫?誰かクラスの人を呼ぼうか?」

「うん、大丈夫、と言いたいところだけど、大丈夫じゃないかも・・。葵、お願い・・してもいい?」

「あとで食券おごりなさいね」

「うん、300円までなら」

 だめだ。逃げるつもりじゃないのに、身体が言うことを聞かない。

「栞、体調悪いんだって?少し横になって休みなよ。代わりはたくさんいるから」

 クラスの子が心配して言ってくれた。葵が声をかけてくれたみたいだ。

「ごめんなさい。じゃあ、今だけ甘えていい?」

「もちろんよ。栞はクラスの代表として準備をいろいろやってくれたんだから、あとは私たちに任せなさい!」

 みんなこんな時に、泣けるようなことを言ってくれるわ。

「ありがとう。少し休んでくるわ」

「もう終わりの時間も近いから、このまま上がっていいよ。こっちは問題ないから」

「そうだよ、栞!ゆっくりしてきなよ」

「うん、でも一度戻ってくるわ。ありがとう」


 お手洗いで顔を洗う。鏡を見るといつもの自分じゃない、別の自分がそこにいた。

 いや、いま鏡に映っているのが本当の自分だろうか。こんな情けない顔をしているのが。

 パン!と両手で頬を叩く。だめだ、こんなのは。

 鏡をもう一度見る。さっきの自分と入れ替わったように顔が変わった。

 リップをもう一度引き直し、表情を整えた。

 よし!あと少し。クラスに戻ろう。

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