第32話
今日も備品確認の仕事はある。こんなことで学校を休むのは嫌だったので来てしまったが、放課後どうしよう。委員会の集まりがあるわけでもないので、準備室で直接二人きりになってしまう。
水上くんがいるところに後で入るのは気が重いので、一人で先に準備室に入っていることにした。
水上くんは昨日のことを、なんと言うのだろう。それとも知らないふりをするのだろうか。
私は、それに耐えられるだろうか。
「こんにちは、葉月さん!」
私の悩みなどあまり気にも止めていない様子で、いつもどおりに水上くんが笑顔で準備室に入ってきた。
「昨日は部の仕事あったんでしょう。帰り遅くなったの?」
「あ、うん、いや、そんなに」
「そうなんだ、よかった」
よかった、ってどういうことだろう。思いがどんどん悪い方に誘導されていく。
「水上くんは?」
結局、聞きたくないのに、私から尋ねてしまった。
「僕?僕は友達と一緒に帰ったよ」
友達?彼女とは言わないんだ。でもその先は怖くて聞けない。
水上くんから誘ったの?
「今度さ、1年生の委員全員でどこかに行こうよ。文化祭が終わったあたりでどうかな」
私は2人で行きたかった。でも断っちゃったから、もうその権利はない。
それに。
もしあの時2人でどこかに行っていたら、私がとても面倒な相手だとわかってしまう。どこに行くにも時間はかかるし、場所も選ばなければならないし。
移動も大変だし、遊園地に行ったって乗れない乗り物がたくさんあるし、映画館だって並んで座れない。きっとその次からは誘われなくなるだろう。
もし、もしもその時はうまくいったとして、お互いの家に遊びに行ったり、家族に紹介されたりしたら。
中学1年の時、友達の家に呼ばれて遊びに行ったことがあったが、私は玄関から先に入れなかった。その子の家は玄関に着くまでに5段の階段があった。ましてやその子の部屋は2階にあった。その子も、その子のお母さんも、その時まで全く想像していなかったんだろう。ただ、仲のいい友達が家に遊びに来たとしか思っていなかった。
普通なら、5段の段差くらい何ということもない。それなのにその友達は車椅子に乗っていて、家の中にあげることができないなんて。
それくらい、それまでは車椅子に乗っていることを意識しないで付き合ってくれていたというのに。
だって、普通の家にはエレベータもついていない。そのままでは入れない。車椅子から降りても私の両足は私自身を支えられない。
ハッと気がついた友達もお母さんもおろおろしてしまい、友達は泣き出してしまった。私はなんとか言い訳をしてその家を後にした。
翌日、その子は私に再度謝ってきた。なぜ私はこの友達を謝らせているのだろう。
謝らせるために友達になったんじゃない。
そう思った瞬間、私は友達を作ったり、必要以上に親しくしたりしてはいけないのだと気がついた。
私が人と付き合うって、そういうことだ。
きっと、彼の家でも、自分の息子が連れてきた彼女の姿が、こんな状態であることを歓迎されるわけがない。
それがわかっているから、深いお付き合いはできない。その後相手が傷ついてしまうのがわかっているから。
私が傷つくよりも、私のことで相手が傷つくのが一番嫌だ。
私は怖かった。
だから、いいんだ。これで。
「そうですね!作業班の打ち上げってことでやりましょうか?私、セッティングしますよ!」
できるだけ平静さを装いながら、私は明るく返事をした。
「えー、葉月さん、やってくれるの!ありがとう、僕も手伝うから、一緒にやろうよ」
よかった、気づかれていないみたいだ。
「はい、ありがとうございます。お願いします!」
「どこにしようかな。車椅子の人は2人だよね?入れるところ、あるかな」
「駅前のワックなら、何台も入りますよ」
「えっ・・」
水上くんの声が少し上ずった。
「私もたまに行きますから」
「そうなんだ・・僕・・」
「はい。じゃあ、葵にも相談してみますね」
昨日ワックに居たことを、水上くんが言い出さないように、この話は切り上げた。
「うん、わかった。よろしくね」
「この棚をやったら終わりですね。早速始めましょう!」
「あ、うん、わかった」
残りの時間を、私はそれでも大切に過ごそうと、がんばって笑顔を振りまいた。
だって、私の初恋には違いないから。
最後の仕事を終えた時は、すでに下校時間を過ぎていた。
「あのさ」
「お疲れ様でした。まだ委員の仕事もありますから、また会えますよね」
「あ、うん・・」
「文化祭まで、あと1ヶ月もありませんものね。その間はクラスの出し物の準備で忙しくなりますね」
「うん、そうだね」
「また何かあったら、気軽に声をかけてくださいね」
「うん、わかった。ねえ・・」
「打ち上げのことは、また近くなったら連絡します。とりあえず駅前のワックを押さえておきます」
「・・ありがとう」
「それじゃあ、これで。私は葵と一緒に帰るので、部室に寄ります」
「ああ、そうなんだ・・」
「はい。水上くんもお気をつけて」
「うん・・、ありがとう」
水上くんは私の方をずっと見ていたが、それには気がつかないふりをして、私は振り返らず車椅子のスピードを上げて部室へと向かった。
もちろん、部室にはもう誰もいない。
真っ暗な部屋で、先生に見つからないように、一人で声を出さずに泣いていた。
いいんだ、これで。
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