第31話

 水上、くん?


 もう一方の通路の奥のテーブルに、水上くんがいた。誰かと話をしている。その先に視線を遣る。

 女子だ。どこかで見た。あ、クラス委員って言ってた。

 村上さんだ。

 私は咄嗟に前を向き、もうそこから身体を動かすことができなかった。

「葵はさー、好きな人とかいるの?」

「私ですかー?いませんよー。誰も声かけてくれませんから。きっと気が強すぎるんでしょうね。こんなにかわいいのに・・」

 春陽先輩が葵に質問をしている。女子高生ならごく当たり前のやりとりが聞こえるが、私にはもう何も聞こえなくなっている。

「ははは。そんなこと、自分で言う?葵らしいねー。嫌味に聞こえないから怖いわー」

 さっきは私に一緒に行こうと声をかけてくれたのに、別の子と。

「栞は?栞は好きな人いるのー?」

 そんな人じゃないって思ってたけど。

 ううん、そんな人じゃない。それは、一緒に仕事をしたから、わかる。

 じゃあ、私に魅力がないってことよね。さっきだってせっかく誘ってくれたのに、私から断っちゃったし・・。こんな、はっきりしない子、嫌になるよね。

「栞!聞いてる?」

「あ、すみません!何でしたっけ・・?」

 ダメだ、何も入って来ない。

「栞は結構ぼんやりすることあるよね?天然なのかな?」

 天然にダメな子です。自分一人で盛り上がって、自分一人で落ち込んで。

「でもいいと思ってる男子いるでしょう?」

 事情を知らない葵が、話題を振ってきた。

「え、だれだれ?春陽さまが品定めをしてあげましょう!」

 そこにいます。だけど、別の女の子といます。

「栞、自分で言う?」

 葵が私に確認してきた。葵、今は助けて・・。すがるような目で葵を見つめた。

「まだそこまでの気持ちになっていないみたいですよ。私が聞いたところでは」

「そうなの、栞ちゃん?」

「は・・い・・」

 蚊の鳴くような声を振り絞って、返事をした。

「ところで、さっきの人と二柚先輩の話を聞きたいんですけど?」

「おー、それな。さっきの透さんとはね・・」

 葵が私の話から話題を逸せてくれた。何か私に起きた異変を感じているのだろう。


「ねえ、栞、あれって・・」

 春陽先輩の話が一段落して、葵がお手洗いに移動しようとした時、私に静かに耳打ちした。私は振り返ることをせず、また葵の方を見ることもできなかった。

「あ、先輩方、よかったらお手洗い、お先に使ってください!」

「いいの?じゃあ私と愛来でお先にね!」

 笑顔で先輩方を送り出して、葵はまた私を見た。

「う・・ん」

「知ってたの?」

 首を縦に動かすことはできた。

「席に着いた、あたりで・・」

「そう。あんな関係だということも知ってたの?」

「いや、それは・・。だって、さっき、帰りがけに・・」

「何かあったの?」

「今日一緒に帰ろうって言われたけど、私、あまりに急に言われたから、焦って部室に行くからって、とっさに断っちゃったの・・」

 近くであの顔を見つめて、ドキドキしたことは、言えない。

「あちゃー」

「お腹空いたから、なんか、食べようって」

「ちょっとひどいわね。栞がダメなら別の子?」

「いや、それは、断った私が、悪いんだし」

「それにしても、乙女心を弄んでいるような感じがするわ。一言言っとく?」

「いや!それはやめて!お願い!」

 私は葵の腕にしがみついた。

「わかったわよう。栞が望まないならやらないから。でも」

「うん。今は訳わかんない・・」

「じゃあ、今日はこの辺で終わりにしてもらいましょうか」


 先輩方が戻ってきて、入れ替わりで葵が移動した。

 葵がもう一度あの席のあたりを確認すると、すでに二人の姿はなかった。

「もう大丈夫よ」

「え、何が大丈夫なの?あれー、栞ちゃん、なんか具合悪いの?顔色悪いよ」

 春陽先輩が私の様子を見て心配してしまった。

「いえ、何ともありません。大丈夫です」

「私が家まで送りますから」

 葵が声をかけてくれた。

「じゃあ、気をつけて帰ってね!葵ちゃん、よろしく!またね!」

 先輩方が帰った後、葵と2人になった。

「どうする?どこかでもう少し休んでいく?」

「いや、大丈夫。ごめんなさい。ありがとう」

 私の気持ちを察してか、帰り道、葵は一人でつぶやくように、備品作業の進捗状況の話をしていた。

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