第30話
ため息をつきながらゆっくりと部室に行くと、愛来先輩と春陽先輩がスライド説明の練習をしていた。
スライドを見ながら、笑いが取れるように二人で話を作っていた。本当に漫才師のようだ。
「おー、栞ちゃん、お久しぶりー」
「あ、どうも・・」
「あれ?今あっちで忙しいんじゃないの?」
「はいー、そうなんですけど・・」
「葵が毎日帰りに寄るから、話は聞いてるよ。こっちはだいたい準備ができたから、手の空いている時でいいよ」
「葵が、そうですか。毎日部室に来てるんですね・・」
あんなに忙しいのに、決めたことはしっかりやる。私にはできないことを彼女はやってのける。
毎日顔を出すなんて、簡単なことなのに、続けるのは難しい。それが彼女の魅力につながっているんだ。
それに比べて、私なんか・・。
などと落ち込んでいると、葵が現れた。
「あら、栞。珍しいわね。備品の方は進んでるの?」
「うん、何とか・・。葵は毎日部室に顔を出してるんだ」
「私はペアの委員の男子がとても気持ちよく動いてくれる人なので、早く終わりそうよ」
葵がにっこりと笑って説明した。それは葵がいいように操っている、ってことよね。なんか手にムチとアメを持っている姿が目に浮かぶわ。
「紬と灯は?まあ自分の仕事に没頭してるか・・」
愛来部長が自問自答している。
「灯は今作品を2枚書き上げるところだと聞きました。集中力がものすごいので、文化祭までには間に合うと思いますが、灯が絵を描いているときは、ご飯も食べず、シャワーも浴びないで描くので、それが困ると灯のお母さんが言っていました」
葵は何でも知っている。それだけ気遣いができる。
「へー、すごいんだね。本当に絵が好きなんだ」
「好きかどうかは本人が言わないのでわかりませんが、絵を描くこと以外には全くと言っていいほど興味がなくなります」
すごいなあ、灯。普段ほとんど話さないから、何を考えているのかわかりにくいけど。
「紬は、バンドでキーボードをやるみたいです。2年生の先輩方と組んでステージに出ると言っていました」
「そうなんです!だからクラス委員を私が押し付けられてしまって・・」
「あの二人は、好きなようにさせた方がいい仕事するでしょう。芸術家肌だもの」
春陽先輩も、二人のことをわかってくれているみたい。
「みんな個性の塊だから、自分に合ったことを無理しないでやるのがいいよ。やれることをやんなさい」
やれることを、か・・。
「あのー、私、二人の分もお手伝いします!何か分担を決めてください」
「うん?無理しなくていいんだよ。でも、どうしてもしたいって言うんなら、前日に会場の設営を手伝ってもらおうかな。愛来、それでいいよね?」
「わー、助かるわー、栞ちゃん!」
「葵は水泳部の練習もあるから、そっちでがんばんなさい」
「手が空いたら伺います」
「じゃあさ、今日はこれくらいにして、4人でワックに行かない?」
「先輩のおごりですか!」
「二人ともがんばってるからなー。今日は愛来部長がおごってくれるよ!」
「え、私―!こらこら、いつも春陽にハメられるなあ・・。うん、でもまあ・・たまにはいいか」
ワックに入ると、愛来先輩と春陽先輩はカウンターにいる店員さんに声をかけて、スイスイと奥へ進む。カウンターの店員さんとも知り合いみたいで、笑顔で受け答えしていた。
「ここはよく来るんですか?」
「うん、そだねー。何かあればここかな。車椅子が結構入りやすいんだよ」
奥の席に向かうと、カウンターにいた店員さんが席を準備してくれた。
「こんにちは、愛来ちゃん、春陽ちゃん、いらっしゃい!」
「いつも、えろうすんませんなあ・・」
「いえいえ、大切なお客様ですねん」
なぜ急に関西弁?
「この4人で集まるのは初めてだよね」
「そうですね、私も栞と2人で外で会うのは久しぶりです」
「1年生だけで集まることはあまりないの?」
「最初に1度外でやりました。でも電動車椅子が8台も入れる店がなく、またクラスもバラバラなので、それからはなかなか集まる機会がないですね」
「そっかー、8人もいるんだものねー。外でもないとなかなかねー」
「だから、合宿も場所が見つからず・・。夏休みに間に合わせたいんだけどね」
「12台も並んだら、壮観でしょうね」
うーん、あんまり見たことない。
「部屋も一部屋じゃ無理だよねー。そうすると班行動になるから、一体感という部分でも・・。全員の恋バナを聞けないのはどうかと」
「あんたは自分の恋バナを話せるようになりなさいよ」
「愛来は、いいよね〜」
えー、愛来先輩、いるんだ!
「はい、オーダー分出来ましたよ」
さっきの店員さんが注文を持ってきてくれた。よくみるととても顔立ちが整っている。水上くんに似てるかも。
「こんにちは。こっちの二人は見かけないけど、新入生?」
店員さんが、先輩たちに声をかけている。知り合いなのかな。
「そうよ。だからって狙っちゃあダメよ」
「いや、そんなことしませんよ!」
「こちらが1年生の吉川葵ちゃん、向こう側が同じく1年生の葉月栞ちゃん」
「おお、とうとう先輩になったんだね。僕は北進大学の石川透と言います。これからもよろしくね」
えー、大学生の知り合いがいるんだ!
「よろしくお願いします」
「ここは、車椅子が入りやすいから、いつでも使ってね。連絡をくれたら、パーティーコーナ―にもできるから」
「へえ、そうなんですね。それはいいことを聞きました。今度お願いします。ところで、愛来先輩たちとはどうやって知り合ったんですか?」
先輩たちがニヤニヤしながら話を聞いている。
「最初は、二柚がね」
「うん、そうね」
「あー、待って待って!それは夏におごったことで、もうケリがついたのでは?」
透さんと呼ばれる人が赤くなっている。
「この間、ライブハウスで会ったって、七津が言ってたわよ」
「まだ二柚に未練があるの?」
「こらこら、後輩の前で!やめてよー、もう!」
「はいはい、わかったわ。じゃあまたね!」
二柚先輩と?何かあったのかな?
「二柚先輩と、何かあるんですか?」
店員さんが戻った後、葵がどストレートに質問をする。本当に怖いもの知らずだ。
「そう、二柚が振ったのよ」
「ええー!」
すごいな、二柚先輩。でも車椅子に乗っていても、好きになられることって、あるんだな。
そして、振る!やっぱり魅力ある人は違うなー。
私なんか最初からあきらめてるから。自信のなさに呆れるわ。
この店にも、制服を着た高校生のカップルが多い。みんなどうやってお付き合いを始めるのだろう?告白されたら、自信を持って返事できるんだろうか。
あらためてさっきの店員さんの後ろ姿を見るのに振り返る。
その時、自分の目に、見慣れた顔のシルエットが映った。
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