第29話
翌日から備品の確認作業が始まった。主に生徒会室の物品庫と体育倉庫に保管されているらしい。それを各班に分かれて確認していく。
「各クラスの希望物品を見ると、毎日作業しないと追いつかない量だね。こんなの二人でやれるかなあ」
「ごめんなさい、私がこんな状態だから、水上くんに迷惑かけちゃうよね」
「いや、それはいいんだよ。あまり気にしないで」
「でも、荷物とかたくさん持てないし、高いところに手が届かないし」
「そういうのは体力がある方がやればいいんだから。車椅子に乗っていなくたって、きっと僕がやるでしょ?」
体力面ではどうしても不利になるので、こういう場面ではみんなに気を遣わせてしまう。でも、いいよ休んでなよと言われるのは、自分が何の役にも立っていないから邪魔だと言われているようで、辛い。
みんなはそんな風に思っていないだろうけれど、こういう場面では、私はどうしても卑屈になってしまう。だから、その他のことでみんなより多くの役目をこなせられればいい。でも、気遣いという言葉に包まれて、私が役に立つチャンスはいつも回って来ない。栞ちゃんは大変だからしなくていいよ、と言われることが一番辛い。
私にだって、できることあるよ?でも、それは私の思い込みで、やっぱりもう何の役にも立たないのかなあ。
それなら、学校に行かなければいいんだ。そうすれば人に迷惑をかけないで済む。
あー、だめだ、またこんな考えが浮かんできた。
私は小学校の時からあまり変わってないな。
「ねえ、それなら水上くんが物を確認して私がそれを記録する、でもいいかな?」
「いや、葉月さんがそんなことしなくても、身体が大変だから僕が全部―」
水上くんは少し考え直すように返事をした。
「そうだね、うん、それがいいかも。何もしないのも嫌でしょ?」
よかった。私に、ここにいる理由を与えてくれて。
役に立たないとしても、一緒にいて良いって言ってくれるんだ。
「うん!ありがとう!」
「じゃあ、さっそく取り掛かろうか!しかし、たこ焼き器なんて学校の備品にあるんだ・・」
「ふふ、おもしろーい!」
水上くんが備品を一度棚から下ろして机の上に並べ、私は写真を撮ってデータベースを作り、それを生徒会に送信する。二人で一つの作業。毎日、1時間だけの二人の時間。
やっぱり思い切って実行委員を引き受けてよかったな。水上くんの役にも立ってるみたいだし。何もしなければ、何も変わらないもの。
でも、私なんかがこんな時間を過ごすこと、許されるんだろうか。あんたにこんな青春みたいな時間、来るわけないでしょうと、すぐ近くで自分の影に睨まれているみたいで怖かった。
作業も1週間が過ぎ、要領を憶えてきたので確認のスピードも速くなってきた。これなら班の中で一番速く終わらせられるかも。
「よし、今日はこの辺で切り上げよう」
「うん、結構進んだね」
「葉月さんの仕事が早いからだよ。要領がいいから、とてもやり易いもの」
「いや、あんなにあった棚の一番上までどんどん進むから、付いていくのが精一杯で・・」
「あはは、でも楽しく仕事ができてるから、あっという間に終わっちゃうね」
そう、こんな楽しい時間はすぐに終わってしまう。もう少し続いて欲しいのに。
翌日、一番上の棚にあった小さなダンボール箱を、水上くんが手前に引き寄せた時、蓋が開いていたのか中身がこぼれ落ちて箱ごと下に落ちてきた。
「危ない!」
咄嗟に水上くんが、車椅子に座っている私の身体の上に覆いかぶさり、私は落ちてきたダンボール箱にぶつからずに済んだ。
「大丈夫?」
顔を上げると、すぐそこに水上くんの顔があった。目が合った。
顔が、こんなに近くにある。
水上くんの顔も、少し赤い。
やっぱり、私、この顔、好みだ。
「わー、キャー!ごめんなさい、大丈夫?」
我に帰った私は、恥ずかしくて水上くんをそのまま突き飛ばしてしまった。
「あ、イッテテ・・。うん、大丈夫だよ・・」
「ごめんなさい!今、突き飛ばしちゃった!」
「あはは、そっちの方がダメージあるかも・・」
「あーん、ごめんなさいごめんなさい!」
「大丈夫だって。結構、頑丈にできているから」
「でも・・、私をかばってくれたのに・・」
「落とした僕が悪いんだから」
二人の周囲には、箱からこぼれた封筒が散乱していた。封筒はたくさんあって、箱の大きさの割に重かったから、水上くんがバランスを崩したみたいだ。
「何の封筒だろう?」
水上くんがそのうちの一つを開けると、それは何年か前に文化祭で行われたラブレターのコンテストのものだった。
「ラブレター・コンテスト、なんてやってたんだ・・」
私も別の封筒を開けてみると、愛の言葉がたくさん並べられていた。
「これ、見ても良いのかな?きっと捨てられないんじゃないかな」
「そうよね、こういうものは大切よね」
今ならメールで済ましてしまうのだろうな。でもちょっと良いかも。
「やっと片付いたね」
散乱した手紙を拾って段ボールにしまったが、扱いに困ってしまった。
「これ、備品になるのかな。報告したほうがいいのかな?」
「再利用は、できないわよね・・。このまま仕舞い込んでもいいんじゃない?」
「そうだね、その方が手紙たちにもいいよね。人前に晒されるよりは」
「じゃあ、二人だけの秘密ね」
自分で言ってから、ドキッとしてしまった。水上くんの顔も、うっすら赤いような気がする。
慌てて水上くんが段ボールを元あった場所に戻した。
それから私の方を振り向き、突然私に言った。
「帰りに、どこか寄って行かない?僕、お腹が空いちゃった」
え?今、なんて言ったの?
「え、私とですか?」
「うん、他に誰もいないよ」
え、どうしよう!どうして?そんなこと!えー!
二人でなんて、行けるわけないじゃない!ダメ、さっきあんな近くで顔を見ちゃったから、まともに話なんてできない!
「えーっと、あのー、いやそんなご迷惑はおかけできないというか、そうだ!今日はちょっと部室のほうに寄ろうか・・なんて・・」
私きっと今、顔がひきつってる。こんな顔見て欲しくないのに。
「あ、そうか。部の方も掛け持ちしてるって言ってたもんね。ごめんね、いつもこっちの仕事ばかりさせちゃって」
「えー、あー、それは、そのー、大丈夫ですけど・・」
「じゃあ、部の方が一段落したときにでも行こうか。それまでがまんしようっと」
あー、バカバカバカ!何やってんのよ!せっかく誘ってくれたのに!しかも二人で!
「じゃあ、僕は、今日はこれで帰るね。また明日!」
「あ、はい、また明日・・」
水上くんは、割とあっさりと、逃げるように走って行ってしまった。あーあ、私も他に返事の仕方があったのにな・・。
それに、もう少し粘って誘ってくれてもいいのに。
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